ザナルカンドに降る雨(T+A)
雨が降っている。
その昔、ザナルカンドには雨が降らなかったそうだ。
近所のおばさんが言っていた。
言われてみればオレがまだ子供だった頃の記憶の中に雨のシーンは見当たらない。
雨はなぜか物悲しい。
皆がそう言うけど、オレにはよくわからない。
切り忘れたモニターの光で部屋の中がぼんやりと明るい。
海面を叩く雨音に囲まれて、小さなこの家の中にいると世界からはぐれた気分になる。
まるで遭難したみたいに。
ギッと小さくドアが開く音が聞こえて、雨音がボリュームを増す。
ドアが閉まると部屋の中の音量は元に戻った。
「何しに来たんだよ」
こんな雨の中、こんな夜中に。
入り口に立った男は無言のままで、心なしか躊躇しているように見えた。
しょうがなくこちらから近寄ると、上着からは水が滴り落ちている。
「ビショビショじゃんか!何やってんだよ!」
小走りでその場を離れ、タオルを取って投げ渡す。
受け取った男はようやく部屋の中へ足を進めた。
「で?なんか用っスか?用がなければオレもう寝るから」
ベッドに腰掛けて恨めしげに見上げると、男は手にしたタオルをじっと見ていた。
「…泣いているかと思ってな」
「は?」
言っている意味がよくわからない。
「何だよそれ、何でオレが泣かなきゃならないんだよ!」
夜中に突然来たと思えば訳の分からない事を言い出す、これで保護者だなんていい迷惑だ。
帰れよと言いかけて、やめた。
サングラスが邪魔でよく見えないが、髪から落ちる滴が顔を伝って泣いてるように見えたからだ。
「…とりあえず、上着脱げよ。風邪ひくから」
「俺は風邪などひかん」
「うるさいな、早く脱げって!」
幸いズボンの方はそんなに濡れていないようだった。
渋る相手の上着を無理矢理引っ張って脱がせると、乾くように椅子に掛ける。
ベッドに座った男の横に並んで腰を下ろすと、その手からタオルを奪い取る。
「ちゃんと拭けよな。…どっちが子供なんだよ」
文句を言いながら、幼い頃自分がされたように頭を包むようにしてわしゃわしゃと拭いてやる。
普段なら有り得ないこの状況がなんだか可笑しくなってきた。
「ほら、サングラス外して」
反応がない。しょうがなくそっと手を掛けるとフレームはかなり冷たくなっていた。
「…後は自分で拭けよな」
慌ててタオルを顔に押し付ける。
見間違いかもしれない。
一瞬、傷によって塞がれた右目から涙が流れているように見えた。
普通じゃないその傷がどうして出来たものなのかは知らないし、聞いたこともない。それが今までのオレ達の距離感だった。
顔を拭いた男からタオルを返された時、重なった手がひどく冷たくて驚いた。
「あんたの手、冷たいな」
思わず手を取り自分の両手で包むと、今度は男が驚きをみせる。
気恥ずかしくなって視線を逸らしながらも、何となく手を離す事が出来なかった。
「ホントはあんたが泣きたかったんじゃないの?」
空気をごまかす為につい口にした言葉。言ってからしまったと思った。
「…かもな」
意外な答えが返ってきて、思わず相手の顔をまじまじと見つめる。
「何かあったのか?」
「雨がな…」
「雨が?」
じっと目を見て次の言葉を待っていると男は可笑しそうに鼻で笑う。
「フッ、冗談だ」
「なんだ、冗談かよ」
ムスッとして見せながらも、本当に冗談なんだろうか?と考えていた。
雨はまだ降っているし、男の手はまだ冷たかった。
何よりも、この手を振りほどかずにいる事が真実だと言っているように思えた。
その昔、ザナルカンドには雨が降らなかったそうだ。
雨が降り出したのは…そう、オヤジが消えて暫くした頃。
オレの記憶の中で一番最初に出会ったアーロンは雨に濡れていた。
『言い訳』
拍手御礼SSとして使用していたものを再収録(?)です。特にCPを意識せずに書いたらはからずともティアロ風。ティアロといえば、いつもお世話になりま くってるミギワさん!初めてのティアロもどき(笑)なので、ミギワさんに捧げさせていただきました。
言わずもがな、ティーダの住んでいたザナルカンドは祈り子たちの夢の世界です。ゲーム内で祈り子が、彼らの夢であるジェクトがシンになった事で動揺したよ うな話をしますが。
この話の中での『雨』はそんな祈り子たちの涙として書いています。だからザナルカンドの住民は雨が降ると何だか悲しい気分になる。住民も祈り子の夢だか ら。同時に、祈り子の夢であるジェクト(シン)が心の中で流す涙も雨として反映されるのかもしれません。
アーロンは夢ではないけど、それを感じ取る事が出来ると思う。ザナルカンドがどんな場所なのか、わかっていたようなので。かつての友の心中を1番理解して いる人だし。
アーロンにとっても、知らない世界で精神的に頼れる人間はティーダだけだったはず。