Wishes






青々とした見事な葉は窮屈そうに天井へと頭を伸ばしている。
思い思いの願いに彩られた短冊は空調に乗り静かにその存在を主張していた。

「ああ、もうそんな季節だったね」

旅行公司に入るなり目に入った、ロビーに飾られた笹。
手近に吊された短冊を一つ手に取りにこやかに笑うのは召喚士ブラスカ。

「スピラに平和が訪れますように」

呟くように読み上げる手の内をひょいと覗き込んだジェクトは、軽く眉を寄せそれを指で軽く弾いてみせる。

「頼む相手間違えてねえか?」

弾かれた短冊はブラスカの手を離れくるくると回る。

「こらこら、人の願いが篭った短冊をそんな風に扱うものじゃない」
「ブラスカ様のおっしゃる通りだぞ」

ジェクトは仲間二人にたしなめられても悪びれるどころかフンと鼻で笑う。

「いいじゃねえか、ソイツの願いはじき叶う。オレ達が叶えてやるんだからな。…おい、にーちゃん!部屋はあっちでいいんだろ?」

言うだけ言うとその場に二人を残して一人ずかずかと部屋の方へ向かって行ってしまう。

「まったく…」

呆れ顔のアーロンの肩を笑いながらポンと叩き部屋へと促すとブラスカ自身もそれに続いた。
ジェクトが風呂から出て部屋へ戻ると、ブラスカはテーブルに向かっていた。

「君もどうだい?」

卓上には長方形に切られた豊かな色彩の紙が並ぶ。

「人に願いを叶えてもらうのを待つなんて性に合わねえ。欲しいもんがありゃこの手で掴む」

向かいの席に腰を下ろし、濡れた髪を荒々しく拭いていた片方の手をブラスカの前で握ってみせる。

「みんながみんな君みたいに強くはないからね」

いかにもジェクトらしい返答に笑いながらも、ブラスカは自らの手元に視線を落とす。

「それに…願う事しか出来ない事もある」

手に握られた薄桃色の短冊には、娘の健康と幸せを祈る言葉が記されていた。
遠く離れた愛しい存在を思い出すかのようにその短冊を見つめ、慈しむかのように指でなぞる。
穏やかで強いその眼差しをジェクトはじっと見ていたが、おもむろに金色の紙に手を伸ばした。

「しょうがねえなぁ、オレも付き合ってやるか」

首を回して大袈裟に面倒だとアピールする姿に思わず吹き出してしまう。
バツが悪そうにチッと小さな舌打ちをしてからジェクトはペンを握った。

アーロンが風呂から戻ってくる頃にはジェクトの短冊は出来上がっていた。

「おせぇぞアーロン!!女じゃあるめえし、いつまで風呂入ってんだよ」
「あんたこそちゃんと体を洗ってるのか?」

部屋に戻った途端に浴びせられる言葉に一瞬ムッとした顔を見せるも、すぐにしれっと言い返す。

「まあまあ…アーロンも何か書くかい?」

二人の仲裁をするかのようにブラスカが赤い紙を一枚差し出すと、アーロンが手を出すより先にジェクトがそれを取り上げてしまう。

「おめえは書く事ねえだろ」
「…俺にだって願い事位ある」

躊躇いがちにブラスカを捉らえるアーロンの視線。
ジェクトはその視線を追うとやれやれと頭を振った。

「却下だな」

腕を組んで顎を上げると、自分よりも少しばかり背丈の低いアーロンをちょうど見下ろす様な目付きで見やる。
横柄な言動に当然アーロンは目をつり上げて。

「あんたに指図される筋合いはない!」
「がたがた言ってんじゃねえよ、そんなに願い事したきゃオレに頼め。なあ、ブラスカ」

怒るアーロンをものともせずにブラスカの方へ向き同意を求めると、ブラスカも柔らかな表情で応える。

「そうだね、アーロンはジェクトに頼むといいかもしれない」

意味がわからないといった困惑顔でジェクトとブラスカを交互に見るアーロンをよそに、ジェクトは短冊を手にした。

「ちいとコレ下げてくるわ。おめえのも一緒に掛けてきてやろーか?」

ひらひらと短冊を振って見せるとブラスカが短く頷く。

「お願いしよう」

ブラスカが自分の書いたそれを大事そうに手渡すと、ジェクトはロビーに向かった。

二人になると部屋に静寂が訪れた。

「ブラスカ様までジェクトの肩を持つなんて…俺にも願いはあります」

広げた色紙を片付けるブラスカの背中に疑問混じりの言葉を投げ掛ける。
まとめた紙をトントンと揃える音を聞きながら、アーロンは拳を握り立ちつくしていた。
それでも無言のままこちらを見ようともしないブラスカに、沈痛な面持ち再び口を開く。

「俺はこの旅でブラスカ様が…」
「ジェクトに聞いてごらん」

言葉を遮られたアーロンはそのままきゅっと口を結ぶ。

「ジェクトは君に意地悪をしてるわけじゃない。本当に彼に願い事をしたら叶えてくれるかもしれないよ」
「それは…」
「おい!おめぇらも外出てみろよ、今日はいつにまして星がすげえぞ」

それはどういう意味なのか、と尋ねようとしたアーロンの言葉は、今度は戻ってきたジェクトの声にかき消された。
早く来いと手招きするジェクトに引き連れられ一行は宿の外に出た。
見上げれば満天の星空。
天の川がどこに流れているのかもわからない程無数の星がひしめいている。

「本当に綺麗な星空だね」
「だろぉ?やっぱロビーに笹は不釣合いだからよ、外に持ち出したらこれだぜ?すげえよな」
「勝手に持ち出したのか?あんたって奴は本当に…」
「固い事言うんじゃねえよ、ここにあった方が上のヤツらからだって見やすいじゃねえか」

ブツブツといまだ納得がいかないように口の中で文句を言っているアーロン。
それには構わず、既に乾いた髪をなびかせ大きくのびをするジェクト。
気持ち良さそうに目を細め笑みを浮かべるブラスカ。

それぞれの想いを胸に、並んで星空を見上げる三人。

その後ろでジェクトの手によって旅行公司の壁に固定された笹の葉が風で擦れてさらさらと音を立てる。
他のどれよりも高い位置に飾られた二人の短冊もまた、絡まるように風に揺らめいていた。






【END】














『言い訳』


七夕ネタです。なのに今は7/8だったりします(死)
今回のテーマは「not wish but wish」(謎)
誰かに何かを願ってそれが叶うまで待つというのは、ある意味他人任せの行為だったりする。この3人はそうじゃない人達なわけで。
だけど願わずにいられない、自分ではどうにも出来ない事もあるわけで。
ジェクトがアーロンに願い事をさせなかったのは、願うんじゃなくてそうする、してみせるという決意の表れです。
根本の思いは同じでも人によって表現は異なるものです。