曜の朝 (JAパラレル)☆金曜の夜
日曜の朝 (JAパラレル)


☆金曜の夜






腕時計を気にしながら早目に仕事を切り 上げる。

いつもなら誰より遅く残っている上司の帰宅する姿に、フロアに残っていたスタッフは揃って首を傾げた。
ID認証さえもどかしい。
開きかけたドアに肩をぶつけるようにして会社を出ると、愛車に飛び乗った。
公道から高速に入り、追い越し車線を疾走する。
音楽は邪魔だ。
コンポの電源を切るとディスプレイの明かりが消えた分だけ車内の闇が濃くなった。
もう何度目かのドライブで道順はすっかり頭に入っている。
金曜の夜。明日は休日。
目的地が近付くにつれ段々と気分が高まっていく。
今夜はどんな風に口説こうか。
そんな事を考えていると自然に口角が上がった。
来客用駐車場に車を止めて携帯から電話を掛ける。

『もしもし』

耳をくすぐるバリトンの声音。

「あー、もしもし?オレだけど。いるんだろ?」

『…まさか、また「もう下にいる」とか言うんじゃないだろうな』

「もう下にいる」

電話越しに深い溜め息が聞こえてくる。
電話の相手は「上がって来い」とだけ言うと一方的に通話を切った。
突然押しかけてきたのは初めてではない。
ここのところ毎週末ここに通ってきているから皆勤賞だ。
エレベーターを上がり迷う事なく目的の部屋のチャイムを押すと、愛想のない顔がドアの向こうから現れた。
ニッと笑ってみせるとアーロンはそのまま背中を向けて部屋の中へ戻ってしまう。
入れ、とも言われないのに上がり込むのはいつものことで、どうやら諦めているらしかった。

「毎週毎週用もないのによく飽きずに来るもんだ、感心する」

「用がねえわけじゃねえよ。…つーか、褒めてくれてんのか?」


ソファに座ったアーロンは反論するのも馬鹿らしいといった様子で鼻で笑った。
黒を貴重とした室内をダウンライトが柔らかく照らし、落ち着いた雰囲気がアーロンの持つ空気によく似合っている。
ガラステーブルの上には資料や書類が積まれていた。

「なんだ、また仕事してたのかよ」

「あいにく今月は忙しくてな。明日もまた仕事だ」

会社から帰ったままで仕事をしていたのだろう、ネクタイこそしていないもののまだYシャツ姿のままだ。
アーロンは手元に散らばった書類をまとめてトントンと揃え、テーブルにスペースを作った。

「そういうわけで今夜もあまり遅くまでは相手はできんが…何か飲むか?」

初めて押しかけてからいつも土曜日出勤があると言って早々に追い返されている。
もしかして、口実だったり?
ふと考えて、いつもなら「車だから」と断る酒をリクエストすると、アーロンは一瞬訝しげに立ち止まったものの言う通りに酒とグラスを運んできた。
長いソファに並んで座り、カチンと音を立てグラスを合わせる。
遠慮がちに注がれた酒をあおるように飲み干してグラスを差し出すと、アーロンが驚いた顔をした。

「あまり無茶な飲み方をするな」

「大丈夫だって、こんぐれえ飲んだってたいしたことねえから」

仕方なく注がれた酒をまた一気に空ける。

「…おい」

「いーじゃねえか、喉乾いてんだよ」

アーロンが手にしたままの瓶を奪うと、三杯目からは手酌になった。

「あちぃな」

大分酒が進んでくると暑くなってジャケットを脱ぎネクタイを外す。

「それだけ飲めば暑くもなる」

呆れ顔のアーロンはちらりとジャケットに目を遣り何か言いかけたようだったが、そのまま口をつぐんだ。
自宅にいるようにすっかりくつろいで窮屈に感じるシャツのボタンを外す。
色黒の肌が酒の赤味を隠すせいもあり、なかなか顔に酔いが出ない性質だ。
もう何杯目かわからないままグラスを空にした頃、急に瞼が重くなった。
少しピッチが早過ぎたかもしれない。
今寝ちまったら意味ねえだろ…。
必死に抵抗するも、のしかかる睡魔には抗えずいつの間にかソファで眠り込んでしまった。


ふと気付いてまだ重い瞼を開くと、体にジャケットが掛けられている。
アーロンはというと、テーブルに向かい仕事を続けていた。
ぼんやりとその真剣な横顔を眺める。
こうしてあれだけのいい仕事を作り上げてきたのか。
そんな風に思うと感動に近い気持ちが込み上げた。
自分に向けられた視線を感じたのか、アーロンはペンを置きこちらに顔を向けた。

「まったく…いい歳をして下手な飲み方をするもんだな」

「オレはまだ若いっつーの」

「そうやって言うのが歳の証拠だ」

わざと膨れて見せると批難めいていた口調が笑いを帯びて和らぐ。

ああ。無性に。

「アーロン」

「何だ、水でも飲むか?」

立ち上がろうとした腕を取り力強く引き寄せると、大きな体はバランスを失い胸の中に転がり込んでくる。
何をするんだ、顔を上げたアーロンのそう言いたげな唇をそのまま唇で塞いだ。
突然の事に驚いたのだろう、しばらく動けずにいる腕の中のアーロンをきつく抱きしめる。
我に返って振りほどこうとしても離してやらなかった。
大人しくなったアーロンは口を離しても予想外に怒り散らす事もなく、溜め息をついた。

「…まだ酔っ払っているのか?」

酔っ払いがふざけた事をしてくれたと思ったのか、そう思いたいだけなのか。


「とっくに酔いなんか覚めちまったよ」

その言葉にアーロンは身を固くする。

「だったら…」

「でも、止めねえ」

真っ直ぐに目を見つめると、息を呑むのがわかった。

「本当に嫌なら、全力で抵抗しろよ。オレ多分もう止まんねえから」

目を逸らしたアーロンは迷っているようにさえ見えた。
その隙にソファに押し倒し、考える暇を与えないよう激しく唇を奪う。

「…!!」

油断していたアーロンの唇は簡単に侵入を許し、探り当てた舌を絡め取り吸ってやる。
曖昧に体を押し返そうと動く腕を無視してシャツのボタンの合間から手を差し込み胸をまさぐる。

「アーロン…」

耳を甘噛みしながら熱い吐息混じりに囁くと、アーロンの体はビクリと動いた。

「アーロン…アーロン…」

体に与える刺激と共に何度もその名を繰り返し呼べば、徐々にアーロンの表情が艶を増し歪んでいく。
止まらねえ、と言ったのは嘘じゃなかった。
名前を口にする度に自分の中で欲望が膨れていく。
シャツのボタンを手早く全て外すと、邪魔な腕を遮るように腕まで下ろした。
アーロンは横を向き眉間にしわを寄せて、与えられた刺激に声を上げてしまわぬよう堪えているようだった。
ベルトに手を掛けたカチャリという音にはっとした顔を見せる。

「大丈夫だから」

後で考えれば何がどう大丈夫なのかよくわからないが、真剣な表情でそう言って唇にキスを落とし頬を撫でると、アーロンが驚くべき言葉を口にした。


「…ベッドは向こうだ」


ベッドに移動した後は夢中だった。
思いがけないアーロンの言葉に、いやがおうでも興奮させられていた。
アーロンが翌日仕事だとか、もう何回目だとか、そんな事はまったく考えられず。
すべてを奪い尽くすように、執拗にアーロンを求め続けていた。
与えた刺激に溺れたように口を開け息を漏らす姿はいつも愛想のない姿からは想像もつかないもので、それだけにあまりにも扇情的で。
果てた後で感情的にアーロンの体を抱き寄せたまま力尽きて眠ってしまうまで、獣のように貪り尽くした。


体力を使い果たしたお陰でアーロンがベッドからいなくなった事にもまったく気付かなかった。
目覚めてサイドテーブルに備え付けられた時計を見て失敗した、と気付く。
慌ててベッドを飛び出ると既にアーロンの姿はなく、テーブルの上にあった書類も跡形なく消えていた。
あれから起きて仕事を続けたのかと思うと、ぐっすり眠ってしまった自分がとんでもない愚か者に思えて嫌気がさす。
とりあえず服を身に付けてからリビングに戻って、アーロンからの置き手紙を見つけた。


『鍵はポストに』


たったそれだけだ。
思考がうまくまとまらずボサボサの頭を掻きながら主のいない部屋のソファに座り込む。
自分は立ち回りが上手い方だと知っていたし、仕事にしても何にしても思い通りに行かない事はそうない。
何らかの問題が起きてもたいていの事なら臨機応変に対処出来る自信もある。
こうなったのも思い通り、と言えるのだろうか。
いや、違う。
予期せぬ出来事だった。
自分自信が予想もしていなかった展開を思い通りとは言えない。
そもそも、何で自分は毎週アーロンの元に通って来ていたのだろう。
惹かれていた、魅力的だった、それは認める。
そう、口説こうとさえしていた。
いつものように自分を優位に立たせるようなやり方で。
しかし、昨夜の自分は口説いたりしていたか?

「まいったな…」

手の平で顔を覆う。
翻弄されたのは自分の方だ。

こんな風に心を乱されるのはあまりに久しぶりの事で、困惑してしまう。
体の隅々にまではっきりと残る昨夜の余韻がますます思考を掻き乱す。
こんな気持ちを何て呼ぶんだったか。
やっとそれに思い当たって観念すると、いっそ清々しい気分にさえなって一人笑みを浮かべた。


土曜の会社は外の世界とは違って静まり返っている。

「あら、ジェクトさんも休日出勤ですか?」

入り口で目当てのフロアに休日用の内線を掛けると何度か顔を合わせた事のある女性スタッフが出た。


「ま、そんなとこです」

「申し訳ないんですけど今下を開けるので上がってきていただけます?」

よほど人がいないのだろう、セキュリティに煩い会社では珍しい事だった。
女性スタッフが言った通りすぐにドアのロックが解除される音がして社内に足を踏み入れる。
仕事で何度も訪れた事があるので迷う事もなくエレベーターで階を上がる。
フロアにいるスタッフもまばらで、見知った顔に挨拶しながらアーロンに当てられた個室のドアをノックした。

「どうぞ」

中から聞こえた声に軽く深呼吸してからノブに手を掛けた。

ドアを開くとデスクに向かった男の姿が目に入り、トクンと跳ねる胸に苦笑いする。
アーロンは書類に視線を落としたままで来客者が誰なのかにまだ気付いていないようだった。
顔の前にすっと鍵を差し出すと、驚きの表情を浮かべ初めて顔を上げる。

「何をしている…?」

「何って、鍵届けに来た」

仕事の時だけ掛けている細い眼鏡を外したアーロンは筋ばった長い指で瞼を押さえた。

「…メモを読まなかったのか?」

「読んだけどよ、届けた方が確実だろ?」

「その為にわざわざ家に帰って着替えてきたのか」

昨日のスーツはシワくちゃで、そのまま人前に出るのは憚られた為一旦家に戻ったのだ。
服の違いに気付いてくれたなんていう些細な事に気を良くしてニィっと歯を見せると、アーロンは深い溜め息をつく。
気まずい空気を作る為に来たわけじゃない。
正直に言えば、あのままポストに鍵を入れて帰ったら次にどんな顔をして会ったらいいかわからなくなりそうで怖かったのだ。

「じゃ、帰るわ」

「ああ…」

アーロンもきっとどう接していいかわからないに違いない。

くるりと背中を向けてドアの前まで進んでから立ち止まる。

「今度はおめえが来いよ」

振り返るとアーロンの視線にぶつかる。

「ここからならおめえんち帰るよりうちのが近ぇから。週末、仕事終わったら来いよ」

なかった事になんてしてやらない、絶対に。
口を開こうとして戸惑っている様子のアーロンに笑ってみせる。

「歓迎するぜ?」

それだけ言うと返事も聞かずに部屋を出た。

これでいつ来るかもわからないアーロンを毎週末家で待つ事になった。
縛られるのが嫌いだった。
でも、こんな風に自由を奪われるのも悪くない気がした。
アーロンは来るだろうか。
来なければまた高速を走るだけのことだ。
そう考えると少し気が楽になった気がする。
会社を出ると晴れ渡った青い空が眩しくて、それがとても心地良いものに感じられた。





『言い訳』

パラレル三部作。金曜→日曜→月曜と時間が流れてます。
日曜をアプしてからその前と後を書きたくなってアップの順番に三作を一日半で書く暇人(笑)
金曜に☆マークつけてみたけど、ヌルイから要らなかったかも?基準がよくわからない。
日曜を書いた時点では『まだ始まってない』二人だったはずが、金曜を書いたらジェクト既にハマってんじゃん、に(笑)や、深まるのはこれからということ か。なもんで好きだのなんだの口にはしてませんが。
しかしアーロンも簡単に……そんなんでいーの?(爆)いいのいいの、気持ちが少しでもなければそんなことする男じゃないハズなので。惹かれてる自分がいた から迷っちゃったわけで、でもアーロンのがジェクトより更に自分の気持ちに鈍そうだからな。
金曜にはまた宇多田の『This Is Love』をテーマソングにしてみました。
パラレルなだけにいつにも増して自己満足度が高いのにかなり長くなってしまったのは、ひたすら愛です(笑)