日曜の朝 (JAパラレル)




月曜の朝


朝食代わりの濃いブラックコーヒーを飲みながら、着替えを始める。
クリーニングの袋から出した水色のシャツに黄色のネクタイを合わせて結べば、鏡を見ずともいつも通りの長さに納まった。

淡い色合いを引き締める黒のスーツに袖を通し、重量感のあるホワイトゴールドの時計を腕に嵌める。
充電器から引き抜いた携帯電話を胸ポケットにしまい車のキーを掴むと残りのコーヒーを一気に飲み干した。

いくら仕事が好きだといっても、休み明けの朝に早起きするのはしんどいものだ。
カップを流しに置く暇さえ惜しんで部屋を後にする。
エレベーターに乗り込んで駐車場のボタンを押すと大口を開けて欠伸を一つ。
チャリチャリと片手で鍵を弄びながらエレベーターを降り黒塗りの大きな車に向かってリモコンキーのスイッチを押すと、愛車は主人を向かえるようにライトを 光らせた。
革張りのシートにずっしりと身を預けてキーを挿しエンジンを掛ける。
ハンドルを握って欠伸を一つ。
フロントミラーに映した寝ぼけ顔は明らかに日曜ののんびりとした空気を引きずっていた。
目頭を指で軽く押さえて頭を振る。

しばらく目を強くつぶった後で息を深く吐き、ギアに手を掛けた。
滑るように駐車場を出た車は今日も快調に走り出す。
先週の仕事の流れを頭に順序だてて並べるうちに目と頭が冴えてくる。
土曜日の夜に残したままにした仕事の事を思い出すと、その後に会った男の顔が頭に浮かんだ。
日曜の朝に交わした仕事の会話をもう一度頭の中で整理する。
信号が赤になってブレーキを踏んだ。
まだ早朝とも言える時間で横断歩道を渡る人影もまばらだ。

「水族館、か…」

それを眺めながらふと頭を過ぎった単語を声に出して呟いてみた。

『水族館とか、どーだ?』

確かに自分で言ったはずの言葉なのに、自分でも何故水族館なのかよくわからず苦笑する。
もう十何年もそんな所へ足を運んだ事はないのに。
多分、何処でも良かったのだろう。

『いつか、な』

そう返した男の唇の温度を思い出して口寂しさを感じ、サイドポケットに入れっぱなしだった煙草を一本くわえる。
昔から愛用しているジッポは蓋を開ける時のカチンという金属質な響きが好きだった。
火を着けるとオイルの香りが微かに鼻をくすぐる。
信号が青に変わり、車を発進させて窓を少し開けて走った。
くわえた煙草の煙が目に染みる。


迎えに行っちまおうか。


アーロンの会社へと向かう道への左折標識が目に入った途端一瞬そんな衝動に駆られた自分に苦笑した。

もし迎えに行ったとしても、あの男が素直について来るとは思えない。
第一、自分が絶対にそんな事をしないという事は自分自身が一番良く知っていた。
左に伸びた道を横目で捉えながら車を直進させる。
そんな事をせずとも、また土曜の夜になればアーロンはやって来るだろう。
約束も何もない、確信という名の願望。
一週間仕事に励んだご褒美のようなものだ。
今の自分にとって何よりかけがえのないものになりつつある事には気付かないふりをする。
まだ、そう思うには早い。
自分ばかりが求めていては肝心な会話をするりと流してしまう不器用な男はきっと窮屈になるに違いない。

じっくり、ゆっくり、がアーロンに対する戦略だった。
それが功を奏してか、昨日は初めてアーロンからの口付けを貰った。
じっくり、ゆっくり、余裕のある態度で相手を追い込むのは、仕事でも使う手段だ。
ただ、自分自身がもっと追い込まれていることだけは計算外だった。
灰皿で煙草を押し消しゆっくりと肺に残った煙を吐く。
再びあの形のいい唇を思い出すと胸の中がざわついた。


まだ月曜かよ。


一週間をこんなに長く感じるのは初めての事だった。