星月夜(B’s)







「…とまあ、そんなわけで今頃空の上ではよろしくやってるってわけだ」


話を終えたジェクトは天を指すように顎をクイっと持ち上げる。
ブラスカの一行は天を焦がして燃える炎を取り巻いて座っていた。

食事を終えた頃、そういえばとジェクトが語ったのは故郷に伝わる七夕の言い伝え。
夜でも明るいザナルカンドの街ではいまいちピンと来なかった星空の話など、もう何年も忘れていた。
そんな話を思い出すほどにスピラの夜空には無数の星が輝いている。



「一年で一番幸せな日、というわけか」

いつもならジェクトの話を『くだらん』の一言で片付けてしまうアーロンも、思わず夜空を見上げる。
散りばめられた星々を内包する深い闇を見ていると、吸い込まれていく錯覚に陥る。






「同時に一年で一番不幸な日なんじゃないかな」




不思議な感覚に身を委ねていた二人はブラスカの言葉で現実に引き戻された。

「あァ?、一年間じっと待ってやっと会えたんだぞ?嬉しいに決まってんじゃねえか」

この時ばかりはアーロンもジェクトの意見に同意とばかりに頷く。
説明を求めるような二人の視線にブラスカは苦笑した。




「一年間待っていたんだろう?そして明日からはまた待つだけの日が続くんだ、少なくとも365日はね。

それも雨が降らなければ、の話であって、いつまた会えるかはわからない。そうだね?」



自分の言っていることが正しいかと問いかけ、ジェクとが頷いたのを確認すると先を続ける。

「もうすぐ逢えると待っている時よりも、逢ってまた逢えない日々を思う時の方が私には辛 い気がしてならない」

押し黙ってしまったアーロンとは対照的に、ジェクトはいまだブラスカの言っていることが納得できない様子で唇を尖らせた。

「ったくおめえは小難しい事考えやがる、逢えたんだったらそれでいーじゃねえか、さっぱり意味がわからねえ」

「ははは、わからないか。そうだな…」


ブラスカはこめかみに手をあて少し考えてから。

「少し話がずれてしまうが…もし今ユウナに逢わせてやると言われても、私はそれを断わるかもしれない」


突然話が変わった上に、自分の娘に会わないという言動にジェクトは混乱した。

「おめえ、何言い出しちまってんだ?っつーかよ、ユウナちゃんに逢わないってのはどういうこった」

ブラスカが娘を可愛がっていたのは、旅立ち前に見ただけでもよくわかっているつもりだった。
息子に嫌われたまま見知らぬ土地に来てしまった自分にとって、口にこそ出さないものの羨ましい光景でもあったはずなのに。
睨むような視線から目線を外したブラスカは自嘲するように笑った。


「ユウナは私と妻のかわいい一人娘だ。旅立ちを決意する時、二度と会えなくなるかもしれないと随分悩んだよ。
しかし私は旅立ちを決めた。身を切られるようなあの時の覚悟をまたし直すかと思うと…躊躇うというのが本音だ」




ジェクトはそのままブラスカをじっと見ていた。
アーロンの唇は固く結ばれていた。




「だから、きっと彼らも今日が終る頃には辛いんじゃないかと思ったんだ。…余計な話をしてしまったかな」




固まってしまった空気を解すように、ブラスカは炎の中へ薪を放った。
視線を落としたままのアーロンを見て、ブラスカは自分の言動を悔いていた。
全てを知っている彼の前でそんな話をするべきではなかったと。

「…わからねえでもねえが」

アーロンと同じように黙り込んでいたジェクトが顎を擦りながら口を開く。

「次逢ったらもう逢えなくなる、たとえそれが最後だってわかってたとしても、逢うべきじゃねえか?」

キッパリと言い放つ口調を咎めるアーロンの視線をもものともせずに。



「そりゃ別れは辛えよ。けどな、それよりも逢った時は単純に嬉しいだろーが?一目でも構わねえ、オレは逢いてえ」




その眼差しはいつものジェクトのそれではなく、二人にはジェクトが何を思い浮かべて話し ているのかすぐにわかった。
ブラスカだけではなく、ジェクトもまた大切なものを置き去りにしてる立場。
それを忘れていたアーロンは、立場は違えど境遇の似た二人の男を交互に見遣った。

残してきたものなど何もない自分には言葉を挟む資格はない。
そう思いつつも。




「…逢えなくなるとか最後だとか、そうではなくて、逢いたいと思い希望を持ち続けることが大事だと…俺は思う。
それに、ブラスカ様。俺達は旅が終ったら故郷に帰るんです。ジェクト、あんたも故郷に帰る為についてきたんだろう」



いつになく緊張した面持ちで一息に喋る若い青年の姿に、ブラスカとジェクトは顔を見合わせて吹き出した。


「俺は何かおかしな事を言ったか?」

必死に問いかける様がまた健気で二人はついに声を出して笑った。

「いーや、アーロンちゃんの言う通りだ、なぁブラスカ!」

「ああそうだとも。おまえが正しいよ、アーロン」



笑われて不貞腐れたアーロンはムスっとして横を向く。
それでも内心、二人が笑ってくれたことに安堵する。
一通り笑い終わった後、ジェクトはすっくと立ち上がり。


「おいコラ!!願い事叶えてくれんだろーが!?イチャイチャばっかしてねえで、帰る方法教えやがれ!!」

「こらこら、人の恋路を邪魔すると馬に蹴られてしまうぞ」



夜空に向かって吠えるジェクトをブラスカが茶化すように笑う。
アーロンはそんな二人を見ながらぼんやりと考える。
夜空に煌く星々を見上げる度に、二人と過ごしたこの夜を思い出すに違いない、と。
その時には自分にもそれほどまでに誰かに「逢いたい」と思う気持ちがわかるようになっているのだろうか。

――それもこれも、全てが終ってからの話だ。


旅の終わりがこの頭上に広がる星野のように輝く希望に満ちたものであるように。
満点の星に向かってアーロンは心の中で祈るように願っていた。







【END】










『言い訳』

今回は言い訳がたくさんあります。いや、むしろ言い訳出来ない程の反省点と言うべきか(滅
ブラスカはあんな事を表立って言う人間だとは思ってません。
もし思っていたとしてもそれを口にしない強さと厳しさを自分に課している人だと思うので。
そして内容がまた…ちょっとわかりにくいですね、こじつけがましくて(自爆)
七夕企画ネタなので大目に見てやっていただけると幸いです〜
ちなみに星月夜とは、星が月のように明るい夜のことだそうな。
タイトル、悩んだわりにあんまり関係ないっすね(死