誰かの願いが 叶う頃(A+T+J)
『私の願いは…そうだな。この旅を全うしてシンを倒し、スピラ の人々が笑って過ごせるようになることだ』
『オレはもちろんザナルカンドに帰ることだな!』
『俺の願いは…』
『どうしたんだい?』
『なぁに勿体ぶってんだよ。早く言えって』
『…いや、やっぱり俺はいい』
プツッ…。
薄暗い森の中、見終わったスフィアを手にしたままのティーダが ぽつりと呟く。
「この時はまだオヤジ、家に帰るつもりだったんだな」
「ああ。しかしジェクトは最後まで帰りたいと思っていたはず だ」
帰れないと分かった後でも、祈り子になると決めたあの時でさ え、ジェクトは我が家に帰る事を心から望んでいただろう。
アーロンはそう思っていた。
そういえば、とティーダが振り返る。
「アーロンは何で願い事言わなかったんだ?何もないなんて事な いだろ?シンを倒すとかさあ」
不思議そうに問い掛けるティーダにアーロンが逆に問う。
「…一つだけ願いが叶うとしたらお前なら何を願う?」
「そうだなあ、ユウナを死なせない方法が見つかることだろ?で もってシンを倒してそれからザナルカンドに帰って…」
「一つだ」
「一つ?それじゃあ…みんなが幸せになること、ならいいっス か?」
「…フッ」
真剣に考え1番いいと思って口にした答えを笑われ、ティーダは ムッとする。
「何がおかしいんだよ」
「じゃあ聞くが、『幸せ』とは何だ」
「それは…口ではうまく説明出来ないけど、なんていうかこう、 あったかいような、嬉しいような…」
急に幸せの定義を聞かれ、説明しようとするも上手くいかずに最 後はもごもごと口ごもってしまう。
その様子を見てアーロンは先を制するように口を開いた。
「今、シンとして生きているジェクトは、お前に殺されることが 一番の幸せだろうな」
父親の名を聞き、尚且つ『殺される』という言葉にティーダは はっとし俯く。
「…ああ」
「だが、お前はいくらシンであろうと父親を殺すことを幸せだと 思えるか?」
「それは…」
我ながら酷な事を聞く、とアーロンは思う。
それでも答えることが出来ないティーダに尚も続けた。
「ユウナはどうだ?あの子は自分の命と引き換えにでもシンを倒 すことを幸せだと思っている」
「……」
「しかしガードのお前達はそれを幸せだとは思っていない」
ティーダは顔を逸らし唇を噛んでいる。
その姿は、それ以上聞きたくないと拒んでいるようにも見えた。
「幸せというものは人それぞれ違うものだ。全ての人間が等しく 幸せになることは難しい」
ティーダの手からスフィアを取ると、アーロンはそれをじっと見 つめた。
「誰かの願いが叶っても、その願いは他の誰かにとっては耐え難 いことかもしれん」
スフィアに視線を落とし懐かしむようにその輪郭を手でなぞって みる。
それを見て、ティーダが何かに気付いたように顔を上げた。
「…だから言わなかったのか?願い事」
「俺はそこまでお人よしではないさ」
笑って言うアーロンの言葉に自嘲が含まれている事にも気付かな いティーダは、まだ納得のいかない顔で歩き出す。
その後ろでアーロンはまだスフィアを手で弄んでいた。
「俺は…二人の願いが叶わない事を願っていたんだろうな」
「え?なんスか?」
声が聞き取れずくるりと振り返ると、アーロンは手にしたスフィ アをその場に投げ捨てた。
「いや…何でもない」
小さな弧を描いて落下したスフィアが音を立てて割れる様子を アーロンは身動きもせず眺めていた。
そのまま無言で横を通り過ぎていく姿をティーダはぼうっと見て いたが、意を決したように口を開いた。
「なあ、アーロン…」
「なんだ」
割れたスフィアに視線を向けながらティーダは強く拳を握る。
「一つだけ願いが叶うなら、オレはオヤジの願いを叶えてやりた い」
足を止めたアーロンの背中に向き直り、ティーダは続けた。
「それがスピラの皆の願いでもあるんだしさ…ユウナに頼んない で、オレがオヤジを倒す。何があっても」
それは強い意志の篭った口調だった。
アーロンは振り返る事なく、二人の間をしばし沈黙が流れた。
「…今願いを問われれば、俺も同じ事を答える」
あの時二人の願いを受け止められなかった自分が願うべき事はそ れしかない。
ジェクトの願いを叶えたいと願うティーダはまだ旅の全容を知ら ない。
その願いが叶えば、きっと誰かが泣く事になるのだろう。
願ったティーダさえも。
例えそうだとしても、この願いだけは叶えなければならない。
その為に歩んできたのだ。
「そうとなればこんな所で油を売っている暇はない。行くぞ」
再び歩き出すアーロンの背中にティーダはきつく口を結んで頷き 後に続く。
その場に残されたスフィアの破片は月光を跳ね返してキラキラと 輝いていた。
『言い訳』
恒例の七夕SSです。七夕という言葉は一切出てきませんが、冒 頭のスフィアはブラスカ達が旅の最中に七夕の願いを込めたスフィアです。
タイトル同名の宇多田の曲を聴いていて浮かんだネタでしたが、 七夕に合わせてアプしようと7月に入るまでのんびりしてました(笑)
何をもって幸せとするかは人それぞれだからこそ、誰かが幸せだ と思うことは他人から見たら耐え難い事かもしれない。同じように、誰かが願った事を叶えたく ないと思う人もいるでしょう。
ブラスカの願いが叶うということはブラスカ本人の死を意味して いたし、ジェクトの願いが叶えばもう二度とジェクトには会えないかもしれない。二人の願いが 叶う事はアーロンにとっては辛い事で。
誰かの願いが叶う頃、心を痛める誰かがいるかもしれない。皆の 願いが叶って皆が幸せになれますようにという気持ちは素晴らしいものだけど、なかなかそれは 難しい事なのだとしんみりする一曲でした。