CHASER
「戻って来ねえと思ったらこんな所にいやがった」
相部屋のアーロンがいつになっても部屋に戻らない為旅行公司内を回ったジェクトは、薄暗いカウンターの隅にその姿を認めると、その前に置かれた酒瓶に目をやる。
鼻先に瓶の口を近づけてくんくんと匂いを嗅ぐとしかめ面になる。
「こんな酒チェイサーもなしに飲んでやがるのか?」
煩いと言わんばかりに酒瓶を奪い返したアーロンは、空になったグラスに酒を注ぐ。
アーロンの既に据わりかけている目を見てやれやれと溜息をつくと、ジェクトは一旦姿を消してグラスを片手に戻ってきた。
「ほれ、コレ飲め」
カウンターに置かれたグラスには透明の液体がなみなみと注がれている。
訝しげにそのグラスに視線を向け、すぐに目を背けるアーロンにジェクトはグラスを突きつける。
「チェイサー、つってもわかんねぇか。水だ、水。強い酒ストレートで飲むときゃ追っかけでコレ飲むもんだぜ」
「そんなもの、いらん」
「いいから飲めって、おめえの飲み方じゃ体壊しちまうぞ。それでいいのか?大事な旅なんだろーが?」
「………」
アーロンは押し黙り、水の入ったグラスをじっと見つめる。
椅子を引いて隣に腰掛けたジェクトはその様を観察するように見ていたが、暫くして口を開いた。
「最近おめえおかしいんじゃねえか?」
「俺のどこがおかしいんだ、何もおかしくなどない」
まじまじと顔を見ながら問いかけるジェクトを見向きもせず、視線を落としたまま自分に言い聞かせるようにポツリと答える。
「いや、おかしい。戦闘中もいつものキレがねえしよ」
「…あんたに言われたくない」
「それは言えたな」
自分で言って自分で笑う。
それでもアーロンは手にしたグラスを何か考え込むように見つめたまま、ただ口をつぐむ。
ジェクトの言っている事は間違いではなく、確かに最近のアーロンは精鋭さに欠けていた。
旅が進むにつれ膨らむ不安がアーロンを捉えて離さない。
このまま旅を続けていていいのか。
旅の結末に用意された召喚士の行く末を知っているのにも関わらず。
それで本当にいいのか。
考えても答えは出ず、それ故に旅を先に進める事に躊躇してしまう自分がいた。
このまま何もせず先を目指していいのか。
召喚士の命を差し出す為の旅に協力しているのと同じじゃないか――――。
再び酒を煽ったアーロンの手に水の入ったグラスを持たせてぐっと握らせる。
「難しい事考えてんじゃねえ、おめえは何も考えずに突っ走ってりゃいいんだよ」
「…何だそれは」
言葉の真意を探るように眉根を寄せてジェクトの方を向くと、ジェクトはアーロンの目をしっかりと見据えた。
「後はオレが何とかしてやる」
根拠のないあまりにも漠然とした言葉。
けれども強い口調で言い切られて、アーロンはじっとジェクトの目を見返した。
「オレが何とかしてやるから」
もう一度繰り返された言葉は確信に満ちていて。
ジェクトはまだこの先ブラスカの身に何が起こるのか知らない。
アーロンが何を考えているのかも多分わかっていない。
それでもその言葉は、信じてもいいと思わせる力を持っていた。
握らされたグラスの水をくいっと飲み干して息をつくと、ジェクトがそれに手を伸ばし。
「チェイサーってのはよ、『追う者』とか『追撃者』って意味があるんだぜ」
空になったグラスを手で弄びながら続ける。
「おめえらの不安だの何だのを、オレが後から追って撃ち落としてやるよ」
いつになく真剣な顔がこそばゆい。
「でかい口を叩くと後で後悔するぞ」
柄にもない言葉を素直に受け止める事が出来ず。
皮肉混じりに言い返すもジェクトはニィっと笑って。「安心しろ、後悔はする主義じゃねえんだ」
そう言いながらグラスと酒瓶をまとめて立ち上がり、顎で部屋の方へ促す。
「オラ、さっさと寝るぞ。明日もはえぇんだ、寝坊してもしらねえからな!」
「それはあんただろ…」
すたすたと歩く後ろ姿に呆れて溜息をつくアーロンは、自分に笑みが漏れている事に気付いていない。
幾分気持ちが軽くなっている事にもまだ気付かぬまま、ジェクトの後を追って部屋へと歩き出した。
【END】
『言い訳』
言い訳はする主義じゃねえんだ。
と言いたい所ですが、そういうわけにもいかず(自爆)
今回もページ割失敗しました。どうすればパソでうまくページ分割できるんだろう(悩)
「オレが何とかしてやる」ってのは今あたしが聞きたい台詞だから浮かんできたのかもしれませんが(笑)いや、それって他力本願ですな。
できるかどうかとか、そういう問題じゃなくて。「何とかしてやる」と言い切れるのってすごくないですか?断言って。
口だけなら何とでも言えるけど、多分ジェクトは口だけじゃない。言い切ることで責任を請け負う事ができる人だと思う。妄想ですか?(爆)
それでもいいや、そんなジェクトが大好きだし、こういう話を書くことで元気を貰えた気がする。それってすごくないですかね?