BEFORE
THE PARTY
***
街路樹がライトアップされ、ショーウインドウは競うように赤白緑のディスプレイが施されている。
街中がクリスマスムード一色に染まる中でも黒いタキシードに身を包んだ男達は目を引くようで、擦れ違う人々が振り返る。
「俺はやはりこういうのは…」
着慣れない正装に戸惑いを隠せないらしく、三人の中で一番若い男の足取りは重い。
「たまにはいいじゃないか、私は嫌いじゃないよ」
立ち振る舞いも優雅なその男は、女性達から好意的に注がれる視線にも余裕の笑みを返している。
職業柄こういった格式ばった事には慣れているらしい。
「コイツだ」
先頭を颯爽と歩いていた体格の良い男が停めてある一台の車のルーフに肘をつき、手にしていたキーをチャリチャリと指で回した。
流線形の黒塗りのボディは鏡のように磨かれていて、街のイルミネーションを映し出す。
一目で高級車とわかるそれをアーロンは初めて目にした。
普段は全く意識をしないが、こういった時にジェクトが名の知れたスター選手である事を改めて思い知らされる。
今日会うまではいつものがさつな風貌からはとても似合うとは思えなかったタキシードをユニフォームを着ているような気軽さで着こなしている。
正装したジェクトは別人のようで、アーロンにはそれが戸惑いの原因の一つにもなっていた。
「早く乗れよ」
気がつくと既に二人は車に乗り込んでいた。
後部シートにもたれ掛かるブラスカの横に並ぼうとドアに手をかける。
「ふざけんな、おめえは前だ」
シートをバンパンと叩き示され、言われるがままに助手席に乗り込んだ。
「ったく何でオレが運転しなきゃなんねえんだ」
「仕方ないだろう、君しか免許がないんだし。私が変わってあげてもいいけど車は大事だろう?」
「…早く免許ぐれえ取れ」
フロントミラーの中でにこりと微笑むブラスカに悪態をつきながら、ジェクトはエンジンをかけて車を発車させた。
道は予想通りに混んでいて、なかなか思うように進まない。
苛々したジェクトは握ったハンドルを指でトントンと叩き舌打ちする。
ふと隣に目をやればアーロンは緊張しているのか険しい顔で前を見ている。
「ブラスカ、ちいと寄り道していいか?」
「構いませんよ」
半ば強引にハンドルを切ると並ぶ車の合間を縫って左折し、一列に駐車された車の列に添って走る。
一台分のスペースを見つけると器用に車を滑り込ませた。
「アーロン降りろ」
ドアを開け外に出ようとしながら振り返るとアーロンは車が停車した事にも気付いていない様子で、変わらず前を見つめていた。
「なぁにボケってしてやがんだ、行くぞ」
車内に体を戻したジェクトに肩を叩かれ、ようやくアーロンは声をかけられた事に気付く。
「行くって…何処へだ?」
「いいから来い!」
ジェクトが叩きつけるようにドアを閉めて歩き出すとアーロンも渋々といった形で後に続く。
振り向くとブラスカが車内からにこやかに手を振っていた。
シンプルな造りの店内は余計な物が一切省かれていながら、そこに備えつけられたものは一つ一つが重厚な造りで素人が見ても質の良い物だとわかる。
壁面にオブジェの如くずらりと並んだ靴がその店の商品であるらしい。
「好きなもん選べ」
店の中央に置かれたソファに身を沈めるように腰掛けたジェクトはアーロンに顎でそれらを促した。
「その靴じゃせっかくの色男が台なしだろーが」
アーロンは皺の寄った自分の靴に目を遣った。
ブラスカから連絡を貰った時には既に今日のパーティへの出席が決まっていた。
慌てて衣服を用意したものの靴の事まで頭が回らず、出掛けに数少ない手持ちの中から選んだ唯一服に合う靴がこれだった。
「選べと言われても俺にはどれも同じに見える…」
店内を見渡し困惑する姿を見たジェクトはおもむろに立ち上がり、並んだ靴の前に出て素早く目線を滑らせる。
「サイズいくつだ?」
問われて小さく答えるとジェクトは店員に「アレとアレとソレだな」と指差した。
店の奥から出された靴に勧められるがまま足を入れると、ジェクトの選んだ靴は飾り気はないものの上質な造りでどれもよく足にフィットした。
最後の靴を履き終えるとジェクトが満足気に頷いた。
「ソレくれ、このまま履いてくからよ」
胸ポケットから出した財布の中から一枚カードを抜き出し店員に渡す。
「おい、ジェクト…」
慌てて財布を出そうとしたアーロンに店員が今まで履いていた靴を指し示した。
「こちらは処分致しますか?」
皺の多いその靴に視線を落とすと、場違いな空気を感じてアーロンは再び暗い気分になった。
「それは…」
「持って帰るに決まってんだろ、勿体ねえ」
きっぱりとした口調で言い放つジェクトにひたすら頭を下げあたふたと用意をする店員。
「行くぞ」
呆然として見ているアーロンに靴の入った袋を押し付けて先に店を出るジェクト。
我に返り後に続いて店を後にする。
「モノはいいのに人間があれじゃあな。もうあの店には行かねえ」
ブツブツと文句を垂れながら歩くジェクトの横に追い付くと、ジェクトは「なっ」とさして同意を求めるわけでもなく自分に言い聞かせるように言った。
「幾らだ?」
問いながら財布を取り出そうとするアーロンの手を制して笑う。
「クリスマスプレゼントって事で取っとけ」
「いや、しかし…」
尚も支払おうとするアーロンに、ジェクトは足を止め腕で頭を引き寄せるとずいっと顔を寄せた。
「じゃ、身体で払うか?」
真顔の問い掛けにアーロンが言葉を失って固まると、ジェクトは掠めるように素早く唇を奪った。
「これだけ貰っとくわ」
何が起きたかわからず硬直するアーロンからニヤリと笑って手を放す。
「なっ……あんたは馬鹿か!!」
周りを気にしながら頬を紅潮させ肩を震わせるアーロンを見てジェクトはさもおかしそうに笑う。
「やぁっといつものおめえらしくなったな」
信じられないという顔で立ち尽くしていたアーロンも、車へと歩き出すジェクトの後をムスっとしながらついて歩く。
そのうちにいつまでも笑いの治まらないジェクトにつられてアーロンもふっと笑いを漏らしていた。
「待たせたな」
「お待たせしました」
二人が車に乗り込むとブラスカは返事の代わりに数枚の紙切れをヒラヒラと振ってみせた。
「なんだそれ」
「君たちがあんまり遅いから待っている間にお嬢さん達とお話ししていてね」
見れば紙切れには女性の名前と電話番号と思われる番号が書かれている。
「おめえもなかなかやるじゃねえか」
「ふふふ」
「まったく、聖職者が聞いて呆れるぜ」
「そんな事君に言われたくないなぁ」
さっき手を振っていたのは…と考え込むアーロンをよそに二人はなんやかんやと楽しげに笑っている。
「そろそろいい時間なんじゃないのかい?」
ブラスカに言われてジェクトは時計を確認する。
「よっしゃ行くか、かわいこちゃんが待ってるぜ!!」
キーを回してエンジンをかけると勢いよくアクセルをふかす。
三人の乗った車は華やいだ街中へと消えて行った。
【END】
『言い訳』
クリスマスネタというのは書かなきゃ!と強迫観念的に思いますが、私生活では仕事三昧な私です(笑爆)
今回のネタは某車のCMを見ていてふと浮かんだもので、何日か携帯のメールフォルダに書き溜めていったら無駄に長くなっていきました(滅)
字数を気にする余り途中から詰め込んだ感が否めません。本当はもっと正装の三人の描写も突き詰めて書きたかった!だってこんな機会滅多にないもん!!
(謎)
ちょっとアーロンらしくないアーロンになってしまった所が納得いかない所ではありますが…言うまでもなく若です、若。これで渋だったら可哀相過ぎる(汗)
タイトルは『AFTER THE PARTY』という曲から連想でいただきました(笑)