告白




アーロンは苛立っていた。
今日という今日こそは、という気持ちでドアを叩く。
「開いてるよ」
ノブを回して軽く会釈する。
「失礼します」
ブラスカの変わらぬ穏やかな笑みに、また少し苛立ちを覚える。
「アーロン、怒っているようだね」
ブラスカはアーロンの言わんとしていることを察していた。
それ程までにアーロンは何度もブラスカの部屋を訪れていたからだ。
しょうがないな、というように、アーロンを椅子に促す。

暫しの沈黙。
ブラスカは窓の外の月を見つめている。
話を始めるきっかけを掴めずにいたが、意を決して口を開く。
「もう我慢の限界です」
何度も口にしたその言葉。
その度にうまくなだめられてきたが、それでもやはり納得がいかなかった。

「ジェクトをガードから外して下さい」

あの男はこの旅がどんな意味を持つのかわかっていない。
それがどんな重みを持っているかも、何もわかっていないのだ。

「ブラスカ様はガードが私一人では不安ですか」
「…いや、君一人でも十分旅を続けていけるだろう」
その言葉はアーロンを喜ばせると同時に疑問を抱かせる。
「だったら…!だったら何故あの男にこだわるんですか!」
ジェクトの自己中心的なマイペースぶりは目に余るものがある。
アーロンにはジェクトが旅の邪魔をしているようにしか見えない。
だから何故ブラスカがジェクトにこだわるのか理解できず、苛々した日々を重ねていたのだ。

「たまに…」
そこで言葉を区切って、ブラスカはじっと窓外を見つめたまま静かに息を吐いた。
「たまに、叫びだしたくなるんだよ」
ブラスカが何の話をしようとしているのか皆目見当がつかない。
「恥ずかしい話だ…固く決意して覚悟を決めたはずなのにね」
そう自嘲する表情は、いつもの穏やかなそれとは異なって見える。
月光に照らされた横顔は苦しげにもとれた。

「君に私の秘密を告白しよう」

アーロンは、一瞬逃げ出したい衝動に駆られた。
秘密を共有するということは、同じ重みを共有することと等しい。
同じ痛みを受けとめる覚悟なしに聞いてはいけない。

分かっているのにアーロンはとどまった。
尊敬する目の前の男が何を秘めているのか聞いてみたいという好奇心もあった。
そして、それを聞くことがこれからの旅に必要なことのような気がした。


ブラスカが静かな口調で話しだす。

ブラスカが召喚士になったのは妻を亡くしたことがきっかけであった。
自分のような思いをする者を減らせるように。
短いナギ節だとしても、皆が笑って暮らせる日々を迎える為に。

幼い娘を残して旅立つことに当然迷いはあったが、何日も考え抜き、自らの命をスピラの為に捧げる覚悟を決めた。

しかし、旅立ちまでの数日間は苦悩の日々であり、眠れない夜が続いた。
ブラスカを苦しめたもの――

それは死への恐怖だった。

皆に期待されているのだと感じると、それが初めから自分に課せられた役目だと感じられた。
しかし、夜一人になると決まって同じことを考えてしまう。

なぜ自分でなければいけないのか。

なぜ皆の為に自分が死ななければいけないのか。

なぜ自分一人が犠牲に?


なぜ?


その疑問を消し去ろうとしても、自分に嘘をつくことは出来なかった。
消し去ろうとすればする程、己の中にある生への執着が浮き彫りになる。

そんな時にブラスカは偶然囚われたジェクトを見かけた。
直接話をしたわけではない。
それでも、シンのことさえ知らないというその男は、スピラの中で最も人間らしい人間に思え。

急に景色が目に入ってきたような気がした。
目には映っていても見えなくなっていた美しい色彩。
同時に、恐怖心で忘れていた思いが蘇ってきた。
自分はこの美しい世界とそこに住まう人々を守りたい為に召喚士の道を選んだのだと。

「召喚士とあろうものがと、呆れるかい?」
ブラスカの問い掛けにアーロンは声もなくただ首を振った。
「確かに、私達二人だけならもっと早く先へ進むことができるだろう」
ブラスカは向かい合う形で椅子に腰掛けてアーロンの目をしっかり捉え、言った。
「だが、私はきっとまた恐怖心で何も見えなくなる。逃げ出したくなる」
目を見据えられ、アーロンは息が出来なかった。
そして気付いた。
覚悟の重みを本当には理解していなかった自分に。

例えばジェクトが昼寝をする。
一緒になって草原に寝転んでみる。
目に映る空の青さ。
陽の光に縁取られた白い雲。
頬を撫でる草の匂いのする風。
それら全てが忘れていた懐かしいものに感じられ、ブラスカの心を柔らかくする。

ジェクトがわかってそうしているとは思えない。
しかし、ジェクトの身勝手ともとれるマイペースさの中でこそ、ブラスカはシンや生死の思考に捉われずにいられるのだ。

「だから私には君たち二人ともが必要なんだ」
いつもの穏やかな顔に戻ったブラスカに、アーロンは自らの浅はかな言動を悔いた。
召喚士といえど、それ以前に人の子であり、それもわからず自らの中で偶像を造り上げていた。
全てを内包したその笑顔の裏にある思いを、アーロンは壊れ物を触るように大事に胸にしまった。
「必ず…ブラスカ様は必ず私がお守り致します」
決意のように呟くと、ブラスカは「頼んだよ」と笑った。

毅然とした人だと思っていた。
いつでも揺るがない慈愛に満ちた人だと思っていた。
しかし、そう思っていた今までよりもはるかに強く思う。
この人を守りぬきたいと。


「明日も早いからもう休むといい。ジェクトが戦闘に慣れぬうちは君の負担も大きいしね」
「…大丈夫です、きっとアイツが寝坊する分遅く起きれます」
「アーロン…」
少し驚いた顔を見せるブラスカに、照れて赤くなった顔を悟られぬよう一礼して部屋を出る。

部屋に戻りながら分け与えられた秘密の重みを心の内でなぞってみる。
ブラスカの重みを少しでも軽減できただろうか?

今はまだ戦力の為だけのガードであるかもしれない。
だがこの先、叫びだしたくなるような思いをすくえる受け皿になっていけたなら。


通り過ぎたドアの向こうから豪快ないびきが聞こえてきて苦笑する。

「今は…頼む」

アーロンはその部屋に向かって軽く一礼し、自室へと足を進めた。














【END】









『言い訳』




ほぼぶっつけの為無駄に長くなってしまいましたのでまずはお詫びを;
どうしても書きたかったオヤジーズ。ここが一応アロティサであることをわかった上で、でも書きたかった…。
私は自己分析テストなんかでいつも『奉仕』とかの箇所が異常に低い人だったりします。だから、看護婦さんとか無条件に尊敬。
召喚士というのも奉仕の心がないと出来ないハズで。でも、こんな葛藤がないんだろうか?と私は思ってしまうわけです。
こんな人間臭さを見てしまったら、ガードの方もこうなるかと…。