「可哀相な方だ。
愛なんて脆い妄想をまだ信じているのですか?
ならば…壊してさしあげましょう。
愛しい人をその手にかけることになるか、
愛しい人の手で散っていくのか。
それとも…
あなたはどちらを選ぶのでしょうね…?」
青い花
どれ位不毛な時間を過ごしたのだろう。
皆に会いたい。
アーロンに会いたい。でも、会えない。
会えば俺の手は容赦なくアーロンに刄を向けるだろう。
シーモアの術が効いているのは間違いなかった。
アーロン。
その名を思い浮かべるだけでも、全身の血が沸き上がるのを感じる。
頭の奥の方で何かが喚き散らす。
ソイツを殺せ、と。
迂闊だった。
些細なことでアーロンと口論になり、頭を冷やそうと皆の輪から離れた一瞬を狙われた。
シーモアの屋敷に拉致され、手を組まないかと持ちかけられたが当然断り続けた。
意外なことに、シーモアは決して怒らなかった。
ただ、憐れみの目を向けて静かに笑って言った。
『可哀相な人。
あなたは若くて美しい。
それと同時に無知で愚かだ、呆れる程に。』
奇妙な術を施しながら、シーモアは冷たく微笑んだ。
『催眠がかかってもあなたの意識は残る。
あなたが愛だと信じて疑わないもの。
それがどんなに無意味で残酷なものなのか…
教えてあげましょう』
朦朧とした頭、縛り上げられた身体では睨み付けるのが精一杯だった。
頭の中に異物が入り込むような鈍い痛みが走る。
黒い靄がかかっていくように目の前が霞んでいった。
薄れゆく意識の中に聞こえてくるシーモアの声。
『可哀相な人。
あなたも最後にはわかるでしょう。
この世がどんなに理不尽であるかを。
神など存在しないことを。
そして何一つ、信じられるものなどないことを。』
その言葉は悲痛な叫びのように頭に響き、そこで俺の意識は途絶えた。
目覚めるとそこは森の中のようだった。
頭がひどく重く感じられ、自分が何をされたのかを思い出した。
きっと今頃は皆が自分を探しているだろう。
せめて自分が無事であることを伝えねば皆に迷惑がかかる。
なんとかアーロン以外の誰かと接触しなければならない。
しかし、その後どうすれば良いというのだろう。
一生アーロンから逃げ身を隠して暮らすのか?
何よりも大事な人。
このまま会うことも出来ず、怯えながら過ごすのであれば、いっそのこと――
そこまで考え、顔を上げ、はっとした。
「あれは…」
アーロンが『お前の瞳の色のようだな』と言った青い花。
俺が『アーロンの色だ』と言った赤い花。
二色の花が同時に咲く不思議な木。
皆の輪から外れたのはこの木の近くだったはずだ。
ということは。
早々にこの森を出よう、そう思った時だった。
「ティーダっ!」
聞き慣れた愛しい声が耳に入る。
姿は見えないが間違えるわけがない。
アーロンだ。
声は段々近づいてくる。
その声に反応して右手が剣を握る。
アーロンがここへ辿り着くのは時間の問題だ。
来るなと叫ぼうとして、声さえも出ないことに気付く。
とうとうアーロンの姿を認めた時、俺は既に戦闘態勢に入り、アーロンが俺に気付いた時にはアーロンに向かって走りだしていた。
俺の一振りをアーロンは素早く自らの剣で受けとめる。
「ティーダ…?」
答えたくとも言葉を発することが出来ない。
それどころか、攻撃の手を止めることも出来ない。
「何があった…正気か」
正気だ。
思考はこんなにまでも。
無言のまま襲い掛かる俺の剣をアーロンはただひたすら防ぐのみ。
刄の交わる音が静かな森に響き渡っていた。
赤い花
そんな状態がどれ位続いたか、もう分からなくなっていた。
アーロンはもう何も問い掛けてこない。
疲労の色も見えてきた。
こんなのは嫌だ。
こんなのは違う。
腕が剣を振る度に絶望を感じていた。
あの時、一人になんてならなければ。
俺がアーロンを好きにならなければ――
『愛は無意味で残酷なもの』
シーモアの言葉が頭をよぎる。
無意味な闘い。
無意味な苦しみ。
何でこんなに苦しい思いをしなくちゃいけないんだ?
アーロン、いっそのこと俺を殺してくれないか?
愛することがこんなにも苦しいのなら、もう終わらせてくれ。
限界に近かった。
既に思考はストップしかけていた。
それを悟ったかのように、今まで黙っていたアーロンが口を開いた。
「覚えているか…?ケンカの理由を」
答える気力もなく、答えられるわけもない。
そんな俺に構わずアーロンが続ける。
「あの花を見て、お前は言った。俺と一つになれたらいいのにと」
あの花…そんなこと、言った気もする。
「俺が『一つになどなりたくない』と言ったらお前は怒ったな」
思い出した。
あの木の花たちのように一つのものになれたら、いつでもいつまでも一緒にいられるのにと思った。
だけどアーロンと俺の気持ちには差があって。
一人よがりな愛。
同じように愛されることを求めた愚かな自分。
―もう、そんなこともどうでもいいんだ。
そう思いながら振るわれた俺の剣をアーロンが渾身の力ではじき飛ばした。
剣は宙を舞い、手首に痛みが走る。
その隙を狙って抱き締められるように押さえ込まれた。
それでも俺の体は暴れ、もがき続けている。
「一つになったら…こうしてお前を抱き締められない」
腕の力とは似付かわしくない、優しい声。
「一つになったら、俺はお前をどうやって守るんだ…
一つになどならなくとも…お前の傍を離れはしない」
やっと意味が分かった。
アーロンが一つになりたくないと言った、その言葉の意味が。
アーロン。
アーロン。
名前を呼びたくても、抱き締め返したくても、叶わない。
なんてバカだったんだろう。
一瞬でもこの愛を無意味だと思うなんて。
思い通りにならない体。
それでも目一杯叫ぶ。
叫ぼうとする。
心の中で叫び続ける。
アーロン。
アーロン。
頭と体が分裂していくような気がした。
視界の隅で、あの花が揺れていた。
気が付くと、あの木の下、アーロンの腕に抱かれていた。
「アーロン…」
恐る恐る発した声で体が自由になったことを悟った。
俺たちの想いが勝ったということなのだろうか。
強く抱き締められて抱き締め返す。
「すまなかった…」
「何でアーロンが謝るの?」
「辛い思いをさせた…二度とこんな目に合わせないと約束する…」
その優しさに何も言えなくなって、アーロンの胸に顔を埋め、声も出さずに泣いた。
暖かい、アーロンの胸。
暖かい、アーロンの愛。
ふいに頭に何かが触れて顔を上げる。
「見ろ…」
花びらが、舞っていた。
青い花びら。
赤い花びら。
はらはらと二人の上に舞う花たち。
「ずっと一緒だよね…?」
「ああ…絶対に、離さない」
シーモア。
あんたの言う通り、俺は愚かだ。
だけど、愛は無意味なものでも残酷なものでもない。
どんなに苦しい想いをしようとも、俺はこの愛を二度と後悔なんてしない。
絶対に。
花びらは絶えず降り注いでいた。
青い花と赤い花が俺たちを祝福するかのように。
【END】
『言い訳』
なんてこたぁない終わり方になってしまいました…。
というか、愛の連発で気恥ずかしい(死)
こんなに簡単に使う言葉じゃないってことは重々承知なんだけどさ(遠い目)
ごめんね、せー…。失踪してもダメダメで…(号泣)