Sleeping Beauty
深い深い森の奥
目覚めぬ美しい人
眠りの森を漂いながら
夜明けに恋い焦がれる
貴方を待っている
貴方のキスを待っている
美しい姫。
呪いを掛けられ、眠りに落ちた姫。
森の奥で一人眠る可哀相な姫――
「じゃあ俺が助けに行くっス!」
「何言ってやがんだッ、バカ息子!」
眠り姫の話は誰もが知っていることでした。
しかし、助けに行った者は皆、帰らぬ人となりましたので、救出は困難と思われていたのです。
バカ息子と呼ばれた青い瞳の少年は、ある国の王子様でした。
父である王は、大事な後継ぎを危険に晒すなんてと当然反対しました。
「行くって言ったら行くっス!!」
「反抗期かぁッ!?」
「うるさぁ〜いっ!!」
こうして、王子は皆の反対を押し切って城を飛び出しました。
「どんなに綺麗なお姫様なんだろう?」
王子はまだ見ぬ眠り姫に想いを馳せながら、行く手を阻むモンスターを軽々と切り捨てて森の奥へと突き進んで行きます。
しかし、深く果てしない森の中。
やがて方向感覚もなくなり、王子にも疲労の色が見えてきました。
鬱蒼と生い茂る木々によって昼も夜も分からない中、王子は重い足を引き摺って幾日も歩き続けました。
本当に眠り姫はこの森にいるんだろうか?
随分長く彷徨ううちに、そんな疑問が頭をよぎります。
王子は疲れた身体を休める為に木の根に腰掛けました。
体力は限界に近く、食料も残り僅かという状況に、心細くて人恋しくなりました。
それでも、辺りに人などいるわけがありません。
「助けて…」
思わず呟いた言葉にはっとしました。
こんな森の奥で、一人眠りの森を彷徨う姫はどれだけ心細いだろう?
王子は居ても立ってもいられなくなりました。
王子がが助けなければ、姫はずっと一人ぼっちなのです。
なんとしても姫を助け出すんだと決意して、王子は再び歩きだしました。
先程までとは打って変わって力強い足取りです。
しばらく歩くと、大きなお城が見えました。
そこに姫がいるのだと確信した王子は、疲れも忘れて駆け出します。
「やっと姫にお会いできるっス!」
美しい姫を想像して、王子は少し緊張気味です。
城の中で一つ一つ部屋の扉を開く度に期待も高まります。
一番奥の最後に残った部屋の前で、王子は大きく深呼吸しました。
「今助けるっスよ…」
重く厚い扉を思いっきり押し開けると、上からレースの布を吊した大きなベッドが目に入ってきました。
薄暗い部屋の中へ慎重に一歩一歩踏み込んでいきます。
ベッドの脇に辿り着くと、中に人が眠っているのが見えました。
そうっとレースを捲った王子は、驚きの余り言葉が出ませんでした。
そこに眠っていたのは美しい姫ではありません。
王子が懸命に救出しようと探し求めていた眠り姫は、頑強そうな身体をした男だったのです。
王子はその場にへなへなと座り込んでしまいました。
「こんなのって…詐欺じゃないスか…?」
姫じゃないからといってショックを受ける王子もどうかと思いますが…
それはさておき、王子はとりあえず男を起こそうとしました。
薄暗くてよく見えなかったので、王子は男の顔を覗き込みました。
端正な顔立ちのその男は右目に大きな傷があり、形の良い唇が王子を誘っているように見えました。
王子は知っていました。
物語の中ではお姫様がキスで目覚めるということを。
姫ではなく男だと分かった瞬間、絶対に出来ないと思ったはずなのです。
それなのに今は何故か、この男の目を見てみたいと思っているのでした。
「ここまできたらしょうがないっスよね…」
自分に言い訳をしながら、王子は躊躇いがちに男にそっとキスをしました。
すると突然王子は男に抱き締められてしまいました。
「何すんスかっ!?離せよぉ〜っ!!」
王子が幾らもがいても男の腕からは逃れられません。
「お前が俺を起こしたのか…?」
「そうっスよっ!だから…っ」
「ずっと待っていた…礼を言う」
その言葉がなんだか切なくて、王子は暴れられなくなりました。
「よくこんなオヤジの為にここまで来たな」
「…姫って聞いたから…」
「そうか…男だといえば誰も助けに来ないだろうからな…」
男は可笑しそうに喉を鳴らして笑いました。
見たいと思っていた男の片目はとても優しい色をしていて、王子の心を擽ります。
「も…もう行こうよ」
それを誤魔化すように腕を離れようとする王子を男は再び腕に引き寄せました。
「長く眠っていたから体が鈍ってな…運動に付き合え」
「え……んンっ!?」
王子はベッドに押しつけれて、深く口付けられました。
「あ…んっ…あぁっ!」
………
「待っていた…ずっと」
その言葉が『目覚めの時を』なのか、『起こしてくれる者を』なのか王子には分かりませんでした。
それでも、甘い熱と共に何度も繰り返されるその言葉が
『お前を待っていた』
と聞こえてきて、王子はとても幸せな気分になりました。
――その後王子が国に帰ることはありませんでした。
それを嘆いた城の者は、悲しみを紛らわす為にこう話すようになりました。
王子は眠りの森の姫と幸せに暮らしているのだ、と。
深い深い森の奥
光を運ぶ美しい人
眠りの森を漂いながら
貴方に恋い焦がれてた
貴方の夢をみていた
他の誰でもない
貴方だけを待っていた
貴方のキスで目覚めるその日を
ずっと待っていた
【END】