覚悟



マカラーニャの森。
旅を止めようと言った俺に、ユウナは出来ないと言った。ひんやりと冷たい泉の中、涙を流すユウナは儚げで、そのまま消えてなくなってしまいそうな気がした。
ユウナはどんな思いで覚悟を決めたんだろう。
シンを倒してくれという皆の願いをどんな思いで聞いていたのだろう。
大切な人たちとの別れ。
俺だったら?俺がもしユウナの立場だったら?
みんなとの、アーロンとの別れに耐えられるだろうか?
アーロンを失うなんて考えたくもない。考えられない。

ユウナの覚悟の重さを初めて理解して、思わずその身を抱きしめた。自分と同じ年のこの少女は、自らの命と引き替えに人々に幸せをもたらそうとしている。
俺がアーロンを失いたくないと考えるように、ユウナにだって失いたくないものがあるはずなのに。
それさえも振り切って笑顔を絶やさなかったユウナの思いにたまらなくやりきれなくなって、そっと口付けた。
冷たい水のせいか、涙のせいか。震えた体をしっかりと抱きしめた。
決して死なせはしない。
一人に全て押しつけるような真似はさせない。

ふと目を上げると視界の隅を紅が掠めた。暗闇にすぐに消えたものの、それは紛れもなくアーロンで、俺はひどく動揺した。

ユウナを支えてやりたいと思う。
これは同情?いや違う。
何だかわからないけれど、ユウナの痛みを自分の痛みのように感じた。
だけど、アーロンに見られて落ち込む自分はひどく心の狭いヤツに思えて。
やっぱり自分が可愛いだけなのかな、俺。


ユウナと二人でみんなの所へ戻っても、アーロンの顔を見ることが出来ない。どんな顔すればいい?
何もなかったように振る舞うことも出来ずに、アーロンから顔を背ける。

もし俺がユウナの立場にいたら、
あんたと別れることなんて耐えられない
そう思ったら…
なんて、言い訳にもならない。

おやすみとテントに入ったものの、眠ることができずに外へ出る。
今夜の見張りはキマリだった。無言のまま少し離れた所に腰を下ろす。
俺以外はみんなユウナの覚悟を知っていた。
どんな思いで旅してきたんだろう?
「俺、全然ダメっスね…」
キマリに、というより、自嘲するように呟く。
「ユウナのこと支えてやりたいって思いながら…結局自分のことばっかだ」
夜の静けさの中、薪がぱちぱちと燃える音が響き渡る。

キマリが薪を足すと、炎は一瞬小さくなった。
「皆、何かと戦っている」
炎を見つめていたキマリは俺に視線を移しながら続ける。
「ティーダも、よくやっている」
今はユウナのことよりもアーロンのことで頭が一杯になっている。そんなこと口に出せないけれど、口に出せない分、自分が酷いヤツに思える。
申し訳ない気持ちになって、やっぱりテントに戻ろうと腰を上げる。
「おやすみキマリ。見張り頑張って」
キマリに背中を向けて歩き出す。
「…ユウナの後はキマリが守る」
振り返ると、キマリは練習中だといつか見せてくれた笑顔を作った。
「ティーダはティーダの道を行けばいい。心配いらない」
そう言ってキマリが指差した先にはアーロンがいた。
「知ってたの…?」
「早く行け」
キマリに後押しされて、アーロンの元へ歩み寄る。
何て言ったらいいんだろう、言葉が見つからない。
恐々と手を伸ばして、そっと背中に寄り添う。
俺が一番失いたくないもの。
「…何も言わなくていい」
心中を察したかのようなその言葉に、逆に言わなくてはいけないという思いに駆られる。
「知らなかったんだ…ユウナの命と引き換えにシンを倒すなんて」
「ティーダ」
「もし俺だったらアーロンと別れてまでシンを倒せるかって思ったら…そんなの…」
「…もう何も言うな。お前の考えること位わかっている」
アーロンは俺が落ち着くまでずっと抱きしめてくれていた。
『誰一人欠けることなく幸せになろうよ』
そう言う俺を黙って抱いてくれていた。

俺にとって大切な人がいるように、
ユウナにとっても大切な人がいて、
スピラのみんなにもきっと大切な人がいる。

誰かを犠牲にしないと幸せは訪れないんだろうか。
その犠牲が自分でなければいいとは思えない。
逆に自分が犠牲にならなければいけないとしたら?
ユウナのように覚悟を決められるだろうか。

愛する人の腕に抱かれている俺は
その問いに答えることが出来ずにいる。


ただ、誰も悲しまずに
誰を悲しませることなく、
皆で幸せになりたいと願う


この先に答えを迫られる日が来るとも知らずに――

【END】