AURON+TIDUS






A PAIR OF STAR
CROSS’D LOVERS



不幸な星の
哀れな恋人たちは──




TAKE THEIR LIFE



命果てる
月の光を吸い取ってしまったかのような見事な髪を夜風に揺らして、少年はバルコニーに立っている。
「アーロンは何でアーロンなんだよ…」
ティーダはつい数時間前に開かれたパーティーで出逢った男のことを考えていた。目が合った瞬間に心を奪われ、気付くと男の腕に引き寄せられ、唇を重ねていた。人目を逃れて何度も口付けを重ねた後に、その男が自分の一族と敵対する一族の跡取りであるアーロンだと知った時には、既に恋に落ちていた。
「アーロンがその名前を捨ててくれたら…」
「こんな名前、いつでも捨ててやる」
驚いて辺りを見回すと、アーロンが隣の木からバルコニーに飛び移ってきた。
「こっ、ここ3階だよ!?」
「お前の為ならどんな所にでも会いに来てやる」
そう言って近付いてくるアーロンをティーダは手で制する。
「俺たち、敵同士なんだよ…?」
「敵?…家同士の争いだろう…ならば家も名前も捨てればいい」
アーロンは鼻で笑いながら後退りするティーダを捕まえる。
「ティーダ…」
耳元で囁かれる低く甘い声に、ティーダは必死で理性を保とうとする。
「ダメだよ…」
「お前を俺のものにしたい。お前だってそれを望んでいるくせに」
「アーロ…んっ…」
アーロンの唇に塞がれ言葉が続かない。その甘く深い口付けにティーダも力が抜け、観念して自らも唇を貪る。ねだるように唇を求めるティーダに煽られ、アーロンが衣服の中に手を滑らせようとするとティーダは慌てて体を離した。

「ダメ!」
「…なぜだ」
「ずっと俺の傍にいるって証を見せて。何もかも捨てて俺の傍にいるって誓える…?」
その苦しげな言葉にアーロンは微笑んで、再びティーダを抱き寄せた。
「明日、信用できるヤツを連れて教会に来い…」
「わかった…絶対に行くから、アーロンもきっと来てね…?」
「当たり前だ」
アーロンはもう一度ティーダに軽く口付けて笑うと、夜の闇へと消えていった。

ティーダは興奮して眠ることの出来ないまま朝を迎えた。
アーロンは来てくれるだろうか?昨日の言葉は嘘ではないだろうか?
不安と期待に胸を膨らませ、幼なじみのリュックの元へ向かう。

「ティーダが幸せになら、あたしは協力するよ」
リュックはティーダの頼みを快諾した。もともと両家の対立を快く思っていなかったので、二人が両家を結ぶきっかけになってほしいという願いも籠もっていた。
教会に着き、重い扉を開ける。薄暗い講堂の中、アーロンは最前列に座っていた。高鳴る鼓動を抑えて、一歩、また一歩と歩み寄る。気配に気付いて立ち上がり振り返ったアーロンは、ティーダの方へと手を差し伸べる。差し出された手を握ると、そのままアーロンに抱き締められた。微かに震えるその腕から、二人が同じ不安と喜びを共有していたことを知る。
暫らく再会の喜びに浸った後、アーロンはリュックを呼んだ。
「神父の代役をやってくれ」

突然のアーロンの頼みにリュックは戸惑いを隠せない。
「え…神父…?」
「ああ、今コイツと結婚する」
「え〜っ!?でもあたし、何もわから…」
「何でもいいから早くやれ」
とても頼みごとをしているような言い方ではないが、ティーダを見るアーロンの優しい眼差しと、感涙に滲むティーダの目を見ていると嫌とは言えなくなる。むしろ二人を祝福してやりたくなる。
「アーロンさん。健やかなる時も病める時も、死が二人を分かつまで、ティーダを守り愛することを誓いますか?」
「…誓います」
リュックは同じようにティーダにも問い掛ける。
「…誓いますか?」
「誓います」

アーロンはティーダの左手をとり、胸のポケットから取り出した指輪を薬指にはめた。ティーダは自分の左手とアーロンを交互に見て嬉しそうに、そして誇らしげに笑う。
「えーっと…じゃあ、誓いのキスを…」

リュックが言い終わる前に、アーロンはティーダを抱き締め口付けていた。
「あーあ…。見てらんないよ」
呆れたように笑うリュックも心の底から二人を祝福している。
「家も名もこの街も捨てて、俺たちのことを誰も知らない街で一緒に暮らそう…」
「…うん」

人目につかぬよう、二人は別々に教会を出た。その足取りは軽く、顔はほころむ。ティーダが何度も指輪のはめられた左手を目の前にかざしながら歩いている時、アーロンもまた、ティーダの屋敷へ忍びこむことを考え一人ほくそ笑んでいた。
二人は幸せを噛み締めていた。その先にある自分たちの運命も知らずに──


この先もずっと愛し合っていくことを誓います

全てを失っても二人でいられればいいから

二人がいるだけでいいから


あなたの笑顔だけ見ていることを誓います

何があろうと離しはしないと誓います


この命にかけて

夜明け前、ティーダはアーロンの腕の中で目覚めた。心だけではなく、体も結ばれた夜を思い出して、体が熱くなる。ティーダはアーロンをきつく抱きしめた。
このまま夜が明けなければいい。そうしたらずっと抱き合っていられる。
しかし、朝は確実にやってくる。早くアーロンを起こして帰らせなければ、父ジェクトに見つかり大騒ぎになるだろう。
アーロン起きて…朝になるよ」
優しく声をかけて頬に口付けると、アーロンは薄く目を開けた。
「大丈夫だ…きっと朝は来ない…夜は明けない」
アーロンの言葉に笑いながらも困ってしまう。
「俺だって帰ってほしくないよ…でも…」
心配するティーダをよそに、アーロンはティーダの首筋から胸に唇を滑らせる。
「あ…ダメだってば…んっ…」
少しばかりの刺激にも敏感に反応するティーダに、アーロンは笑いながら口付ける。
「可愛いヤツ…」
「もうっ…本当に夜が明けちゃうよっ」
「…そうだな」
アーロンは名残惜しそうにもう一度ティーダをぎゅっと抱きしめてからベッドを出た。身支度を整えるアーロンの背中を見て、ティーダは思わずアーロンにしがみつく。
「やっぱり行かないで」
肩を震わせ澄んだ目に涙を溜めて見上げてくるティーダに胸が痛む。
「一週間…一週間だけ我慢して待ってろ。一緒に暮らす為の準備をしておく」

なだめるように頭を撫でながら、少しかがんでティーダに目線を合わせる。
「一週間だ。さらいに来るから待っていろ」
「わかった、待ってる」
ティーダはアーロンの頭を抱き、唇が触れ合う位まで顔を寄せる。
「愛してる…」
絞り出すような声を発するティーダの唇に誘われ、アーロンはティーダに唇を合わせてベッドに押し倒した。
「…やっぱりまだ夜は明けないようだ…」
今度はティーダも止めることなくアーロンの背中に腕を回した。


アーロンが屋敷を出た後、ティーダは再びベッドに潜り込んだ。もう既にアーロンに合いたくなってる自分に苦笑しながら、つい先ほどまでそこにあった温もりを確かめるように両手を広げて俯せになる。

うとうとしかけていると突然ジェクトがドアを乱暴に開けて入ってきた。
「おらおらいつまで寝てんだ、さっさと起きろよ」
「何だよ、勝手に入ってくんなよ」
「ここは俺のうちだ、俺がどうしようと勝手だろ?それより早く起きろ。花嫁さんがお待ちかねだぞ」
「…花嫁?」
何を言われているのかさっぱり解らず聞き返すと、ジェクトは得意げに胸を張る。
「そっ。お前の為に俺様が見つけてやったんだぞ。優しいお父様に感謝しなっ」
「そんなの…聞いてないよ!俺、絶対イヤだからなっ!!」
隠れるように布団を頭まで被ると、ジェクトに勢いよくはぎ取られる。
「ガタガタ言うんじゃねえ。子供は親の言うこと聞いてりゃいーんだよっ。わかったな!」ジェクトはティーダの言い分も聞かずに思い切りドアを閉めて出て行った。

ジェクトはティーダの都合などお構いなしに、無理にでも式を済ませてしまおうと結婚式を二日後に決めた。途方に暮れたティーダはリュックの元を訪れた。
「どうしよう…このままじゃ俺、アーロンが迎えに来るまでに…」
泣きじゃくるティーダを見てリュックも頭を抱える。しばらく考えた末に、リュックは良いことを思いついた。まず、ティーダが薬によって仮死状態になり、形だけ葬儀を上げる。その間にアーロンを呼び戻し、目覚めたティーダと二人で逃げる、という方法だった。ジェクトもティーダが自殺したと思って少しは懲りるだろうし、うまくいけば二人のことも認めてもらえるかもしれない。
リュックはティーダに小さな瓶を手渡した。
「これで24時間は死んでるのと同じになるからね」
「…でもアーロンに連絡とれないんだ…電話しても留守電で…」

「電波入らない所にいるんじゃない?あたしが連絡しとくよ」
「うん…」
死ぬとはどういう感じなんだろう。未知の体験への恐れを感じる。でも、これを乗り越えたら幸せになれる。アーロンと二人でずっと一緒にいられる。ティーダはそう自分に言い聞かせて小瓶を握りしめた。


アーロンは自分を慕っている弟分のワッカを連れ、ティーダと二人で暮らす場所を探しに遠い街へ来ていた。どんな所に住みたいかと聞いた時、ティーダは海の近くがいいと言っていた。
「ここなら…アイツも気に入りそうだな」
ティーダが陽を浴びて泳ぐ姿はきっときれいだろう。それを眺めて暮らす日々は幸せに違いない。早速ティーダに教えてやろうと携帯電話を取り出すと、電池が切れていた。
黙って突然連れて来るのも悪くない。ティーダの喜ぶ顔を想像してニヤリと笑うアーロンを見て、ワッカが苦笑する。
「アーロンさん幸せそうですね。ここまで想われるティーダも幸せもんだ」
「ああ、幸せだ」
「…なーんか調子狂うなぁ」
いつも見せることのないアーロンの笑顔にワッカはしきりに頭を掻いていた。
海の見える部屋を契約した後、アーロンとワッカは疲れてホテルに泊まった。翌朝アーロンは携帯の電池が切れていたことを思い出し、部屋の電話から留守電の確認をした。
『もしもし、リュックです……』

リュックが何の用だ?と不思議に思った時、ワッカが慌てて部屋に飛び込んできた。
「アーロンさん、大変です!今電話があって…ティーダがっ…ティーダが!」
「ティーダがどうした」
血相を変えたワッカを見て、アーロンは続きを聞かずに受話器を置く。ワッカは可哀相なくらい震えていた。なかなか言葉を発しないワッカに苛ついて聞き返す。
「ティーダがどうしたんだ」
「…死んだそうです…」
アーロンは自分の耳を疑った。

「冗談にも程があるぞ」
しかし、首をぶんぶん振りながら涙を流すワッカの姿に、頭から血の気が引いていく。


無言で車を運転するワッカの横にアーロンは茫然と座っていた。
待っていろと言ったのに。一緒に暮らすと言ったのに。頭がおかしくなりそうだった。叫びだしたい気分だった。
車を飛ばして街に辿り着いた時にはもう既に夜になっていた。車を降りてふらふらと教会へ向かう途中、アーロンは毒薬を買い求めた。
ティーダを失ってまで生きる意味などない。

つい二日前、喜びと希望を胸にして開けたはずの教会の扉を苦々しく開くと、たくさんの蝋燭の火に囲まれたティーダが眠っていた。一歩一歩近づく度にこれが現実なのだと思い知らされる。
「ティーダ…」
呼び掛けても応えてくれることのないその体を抱き締めて、アーロンは泣いた。
──死が二人を分かつまで、か…。
「…お前一人を逝かせはしない。何があっても離さないと誓っただろ…?」
アーロンは毒薬を取り出すとティーダに最後の口付けをした。
「今行くからな…」
そうティーダに告げてアーロンが毒薬を口にしたその時…

「…アーロン」

何も分からないティーダが目を覚まし、微笑んで抱きついた時には時既に遅くアーロンの体には激痛が走る。
ティーダはアーロンの手に毒薬が握り締められていることに気付いて青覚める。
「アーロンっ!アーロンっ…」
アーロンはティーダの腕に抱き締められて、静かに息を引き取った。いくら泣いて呼んでも、もう応えることのない愛しい人。
「ずっと一緒って約束したでしょ…?待っててね…」

アーロンの手から残された毒薬を取ると、ティーダは一気に飲み干した。
「二人でいようね…」
涙の残るアーロンに自らも涙を流しながら口付ける。体を駆け巡る激しい痛みと共に甘いアーロンの唇を感じながら、ティーダはその意識を閉じた──


この先もずっと愛し合っていくことを誓います


全てを失ったけど、二人でいられればいいから


二人がいるだけでいいから

「…やっと一緒にいられるね…」

「あぁ…ここには海はないようだがな」

「アーロンがいてくれれば何もいらないよ…」

「そうだな…これからはずっと二人でいられるさ…」


何があっても離しはしないと誓います

永遠に

【END】