目の前にひらひらと舞い落ちた白い紙を拾い上げる。
「落ちましたよ」
前を通り過ぎようとする女性に声を掛ける。
「あ!ありがとうございます」
慌てて紙を受け取った女性がニコリと笑う。
「あの…お一人ですか?宜しければお礼にお茶でも…」
ふと視線を感じて振り返ると、膨れっ面のティーダの姿。
返答を待つ女性に会釈してティーダの元へ歩み寄るが、ティーダはプイッと横を向いてしまう。
「遅かったな」
「…何話してたの」
視線も合わせようとしない。
「落とした物を拾ってやっただけだ」
何を言ってもティーダの怒りが治まらないことをわかっていながらも続ける。「お前だって落とし物くらい拾ってやるだろう」
「…俺帰る」
始まった…。
自分からたまには外で待ち合わせようと言い出したくせに…。
「何を怒ってるんだ」
「アーロンは俺が他のヤツと話してるの見て嫌じゃない?」
「それは…」
「もういーよ。俺飯食って帰るから先帰ってて」
そう言うとティーダは俺の言葉も待たずに早足で人混みの中に消えていった。
残された俺はしょうがなく家へ向かう。
ティーダはすぐにやきもちをやく。
そしてそれを直球でぶつけてくる。
いつも。いつでも。
「おかえり」
無言のまま帰宅したティーダに声を掛ける。
やはりまだ機嫌は直ってないらしく、そのまま寝室に入ってしまった。
やれやれと思いながらも俺は後を追う。
ベッドで丸まっているティーダの横に腰を下ろして頭を撫でる。
「ティーダ…」
ティーダは俺の手を振り払うように体を起こし、俺を睨み付ける。
「…アーロンが知らない人と話してなんかいるから出掛ける気なくなっちゃったんだよ」
「…俺のせいなのか…?」
「アーロンは俺なんかいなくてもいいんでしょ。俺なんかいない方がいいんでしょ」
「何を言っているんだ」
「もういい!もう寝る!」
背中を向けて横になるティーダ。
悪かった、と謝ってもティーダは反応を示さない。
怒ったティーダに俺は為す術を失くす。
ティーダは怒ると人の話を聞かなくなり、まともに話が出来なくってしまうから、気が静まるのを待つしかない。
今はこれ以上何をしても無駄なようだと思い立ち上がる。
「じゃあ俺は今日はソファーで寝る…おやすみ」
ティーダの後ろ姿に声を掛け、寝室を後にする。
理不尽なティーダの怒りに時々やりきれなくなることがある。
俺はお前が好きだ。
それだけじゃダメなんだろうか、と。
リビングに戻りソファーにもたれかかってぼんやりしていると、ティーダがしょんぼりとした様子で入ってきた。
「一緒に寝るのも嫌になっちゃったの?俺のことキライになっちゃったの?」
ティーダは涙目で俺を見上げ、強く俺の両腕を掴んだ。
「俺はこんなにアーロンが好きなのに…どうしてわかってくれないの?アーロンは俺を好きじゃないの?」
ぽろぽろと涙をこぼすティーダを抱きしめてやると、声を上げて泣き出した。
「嫌いになるはずがない…俺もお前が好きだ」
「ほん…と…に?」
「当たり前だ」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしたティーダの額に軽くキスをする。
「俺を…一人にしないで…」
「一人になんかしないさ」
「じゃあ、一緒に寝てくれる…?」
「ああ…」
やっと安心したように笑顔を見せるティーダは、嬉しそうに俺の手を引いて寝室へと向かう。
感情を剥き出しにしてぶつかってくるティーダを、少し羨ましく思う。
勝手に怒って、泣いて、笑って。
俺はいつでも振り回されながらも、ティーダの笑顔を見ると全てを許してしまう。
ケンカして、仲直りして、抱き合って眠る。
はたから見れば馬鹿馬鹿しい繰り返しかもしれない。
それでも俺は、そんな日々を幸せだと思う。
泣き疲れて眠る腕の中の恋人には自分しかいないんだと思えて。
この世界の中に俺たち二人だけのように思えて。
どんなにお前が怒ろうとも、
どんなにお前が泣こうとも、
俺はこの温もりを手放さない。
そう心に誓って、お前の寝顔を見ながら眠りにつく。
この先も幸せな日々の繰り返しが続くことを祈りながら−−−。