「ゴホッゴホッ…」
アーロンが朝から咳をしている。顔色も悪い。
ティーダを始めみんなが心配をしているにも関わらず、アーロンは大丈夫だの一点張り。
「大事をとって今日はこの辺りで休みましょう」
ユウナの言葉にみんなが頷いても、アーロンは眉間のシワを更に深くしながら拒む。
「俺を足手纏いにする気か…?先は長い、行くぞ」
紅い上着を翻して歩きだしたアーロンが突然ぐらりとバランスを失う。
「アーロン!?」
ティーダが駆け寄るよりも先にワッカとキマリがアーロンの体を支える。
「とりあえずキャンプが出来る所まで行きましょう」
ルールーが言うとキマリがひょいっとアーロンを抱き上げる。
(そりゃあ俺にはアーロンを抱きかかえるのは無理かもしれないけど…なんだか悔しいっス…。
しかもお姫様抱っこかよっ!?)
キマリの腕の中でぐったりしているアーロン。
抱っこされても反応しないところを見ると、相当具合が悪いようだ。
テントをはった時には既にアーロンは意識を失っていた。
横たわった額に汗ではりついた髪を払おうとティーダが手を伸ばす。
「…すごい熱!」
ユウナはケアルを試みるが効果はない。ポーションもリュックの回復薬も効き目がなかった。
「風邪だと思うけれど…風邪薬じゃないと効かないようね」
ふうっと溜め息をつきながらルールーがアーロンの額に手を当てる。
(なっ、何さりげなく触っちゃってるんスかぁーっ!?)
動揺するティーダをよそに、ルールーはアーロンの額や首回りの汗を拭き始める。
「リュック、風邪薬調合できる?」
「んー、多分…。やってみる!」
そう言い残すとリュックはテントの外へ出て行った。
「キマリは外で見張っている」
「じゃあ俺も行くか」
キマリとワッカも連れ立って外に出る。
そうしているうちに、ルールーはアーロンの上着を脱がそうとしていた。
「何やってるんスか!?」
「何って…汗を拭いた方がいいでしょう」
淡々とした答えにティーダは声を荒げた。
「俺がやるっスよ!俺がいるから二人とも外行ってていいっス!!」
心配そうなルールーとユウナを追い出して、ティーダは一つ溜め息をついた。
アーロンの上着を脱がせて丁寧に汗を拭く。鍛えぬかれた体が熱を持ち、脱力している。服を着替えさせるにもかなり手間取ったが、他の人に手伝わせたくなくて必死にアーロンの上半身を支えながら服を着せた。
苦しそうな表情のまま意識のないアーロン。
タオルを水に浸して絞り、額に乗せる。すぐに温まってしまうので、何度も何度もそれを繰り返す。
いつも強気なアーロンの弱々しい姿に、ティーダはとても不安になっていた。
「アーロン…」
そっと頬に触れるとアーロンが微かに目を開いた。
「…ティー…」
「アーロン!!大丈夫!?」
思わず出してしまった大きな声を聞き付けて、ルールー・ユウナ・ワッカが駆け込んできた。
「大丈夫ですか!?」
アーロンの元に近寄る三人の勢いに、ティーダは押し退けられてしまう。
「今リュックに薬作らせているんでもう少し我慢して下さいね!」
「…すまん…」
「気になさらないで下さい!それより…何か欲しい物はありますか?」
ユウナがアーロンの顔を覗き込む。
「喉が…乾く…」
「ワッカ、早く水!」
「今直ぐお持ちしますのでお待ち下さい!」
ルールーに言われるまでもなく、いつにない機敏な動きを見せるワッカ。
(な…なんなんだコイツラは…)
ティーダが呆気にとられているとワッカが戻ってきた。ワッカがアーロンの上半身を起こし、ルールーがアーロンの口にコップを当てがう。しかし、力が入らないのか、水はアーロンの口元を流れ落ちる。
それをじっと見ていたユウナが恐ろしい事を呟いた。
「口移しするしかないかしら…」
信じられないという顔をしたのはティーダのみで、ワッカとルールーは神妙な面持ちで頷いている。
「じゃあ俺が…」
「何を言っているの?ここは私に任せなさい」
「いいえ、いつも守っていただいているんですもの、私がやります」
そんな会話が聞こえているのかいないのか、アーロンはただうなだれている。私が俺がと牽制しあう三人はますますヒートアップしていく。
「ユウナは黙っていなさい、ガード同志の助け合いなのよ」
「そうだぞぉ!それにルールー、男同志の助け合いでもあるんだからな!!」
ブチッ…。三人の勝手な言い分にテイーダの中で何かが切れた。
「みんなうるさいっス!アーロン病人なんスよ!?もう出てけっ!!」
「ティーダ…お前が一番うるさいぞ」
「うーるーさーいっ!!早く行け〜っ!!」
ワッカの突っ込みにも耳を貸さない怒りモードのティーダに渋々退散する三人。
「ちぇっ…もうちょっとだったのに…」
(何がもうちょっとなんだ、何がっ!?)
やっと静かになり、アーロンの耳元で謝る。
「ごめんねアーロン、今お水飲ませてあげるから」
アーロンが微かに頷く。コクッと水を口に含み、小さく開いた唇に顔を近付けたその時。
「お待たせ〜っ!薬出来たよ!!」
飛び込んできたリュックに驚き水を飲み込む。慌ててアーロンから体を離すティーダを見て、リュックはニヤニヤしている。
「ティーダったら病人襲っちゃダメだよ☆」
「ちっ、違う!誤解っス!!」
焦って弁解しようとするがリュックは話を聞こうとしない。
「だから今のは…」
「はいはい、どうでもいいけど早くおっちゃん治してあげようね」
「…はい…」
リュックの薬のおかげでアーロンは驚異的な速さで回復し、また元通りの旅が再開された。しかし、暗い表情の者が約一名…。
「なんかアーロンってさぁ…」
メンバーの後をアーロンと並んで歩くティーダが口を開いた。
「なんだ」
「…何でもないっス」
訝しげな顔をするアーロンをまじまじと見つめる。アーロンは何も覚えていない。
(アーロンて実は人気者だったんスね…)
ティーダはがっくりと肩を落としながら視線を前に移した。何もなかったかのように歩くメンバー達。
油断出来ない、アーロンは俺が守る!と心に誓ったティーダであった…。