「ねーねーアーロン、今日は何の日か知ってる?」
「…子供の日、だな」
読んでいる新聞から目を上げもせずにアーロンが答える。
「そうっス、子供の日っス!子供の日って子供がワガママきいてもらえるんだよね〜」
「…そういう日じゃないだろう…」
アーロンのつっこみが聞こえなかったかのようにティーダは続ける。
「だから今日は俺のワガママもきいてもらえちゃうんだよね〜?」
新聞を畳みながらアーロンがため息をつく。
「いつも『ガキ扱いするな!』って拗ねるくせによく言うな」
「俺まだまだガキっス!」
アーロンはもう一つ深いため息をついた。
「で…おぼっちゃまは何をお望みで?」
観念したアーロンにティーダは目を輝かせて「遊園地!遊園地!」とせがんだ。
やれやれ…。
アーロンは心の中で三度ため息をつく。
結局ティーダの押しに負け、二人は遊園地にやってきた。
しかし世の中はGW真っ只中。
当然園内は人で溢れかえっていて、人混みの嫌いなアーロンの気持ちを暗くする。
ティーダはというと、アーロンとは対照的で、人混みなど気にもせずにあれに乗ろう、これも乗りたいとはしゃいでいる。
「お前は本当にガキだな…」
「ガキだもーん♪」
ジェットコースターは一時間待ちだった。
一人で乗ってこいというアーロンに、ティーダは一緒じゃなきゃイヤだと駄々をこね、渋々二人で長蛇の列の最後尾に並ぶ。
待ち時間も苦にならない程嬉しそうなのティーダを見て、アーロンはふと二人で出掛けるのは久しぶりだと気付いた。
昔は自分にべったりだったティーダも、年を重ねるごとに少しずつ自分の世界を作り、二人で過ごす時間も最近では減っていた。
たまにはこういうのも悪くはない。
アーロンは、今日は極力ティーダのワガママをきいてやろう、と思えた。
「アイスでも食うか?」
「食べたいっス!」
「並んで待ってろ、買ってきてやる」
アーロンの険しい表情が和やかになったことに気付いたティーダは、一層嬉しそうに笑った。
アーロンはアイスを買い求めてティーダの元へ向かった。
たかがアイスを買うだけでも時間がかかった為に、列の中のティーダを探すのも一苦労だった。
やっとティーダを見つけて歩み寄る。
…??
さっきまでの嬉しそうな表情から一変して、思い詰めた表情のティーダに驚いて足が止まった。
何かあったのか…?
「ティーダ」
声を掛けると元の嬉しそうな顔に戻った。
「アイスだ〜っ♪」
腑に落ちないところはあったものの、アーロンは深く言及しないことにした。
ジェットコースターに乗った後も、長い長い列に並びながらも二人はいくつかの乗り物に乗った。
ティーダが終始笑顔だったので、アーロンも先程みたティーダの顔を忘れることにした。
段々と陽も暮れてきた頃、ティーダが最後にどうしても観覧車に乗りたいと言うので、二人はやはり長い列に並ぶことになった。
「今日は楽しかったか?」
「うん、最高っス!良かったぁ〜、俺まだガキで」
ティーダの言葉にアーロンは思わず笑ってしまう。
なんだかんだ言っても、ティーダが嬉しそうにしている所を見ると、自分も幸せな気持ちになる、とアーロンは思った。
やっと自分達の番が回ってきて観覧車に乗り込む。
「アーロン、今日はありがと」
「子供の日だからな…」
アーロンが笑うと、ティーダも笑った。
「アーロン大好き」
「げんきんなヤツ…」
アーロンが苦笑すると、ティーダは少し泣きそうな顔をしながら無理に笑って言った。
「こんなこと、ガキのうちじゃないと素直に言えないから…さ」
アーロンはティーダの言葉を理解しかねた。
「…どういう意味だ?」
しばしの沈黙。
観覧車はゆっくりと高度を上げていく。
「ガキの俺が大好きって言う分には問題ないけど…ガキじゃなくなった俺の大好きは…。」
そこまで言うとティーダは頭を垂れた。
「だから、今日言っておこうと思って…アーロン好きって、今日言っておこうって…」
小さくなってしまったティーダを見つめながら、アーロンは自分の鼓動を抑えようと必死になっていた。
ティーダが、俺を??
毎日顔を合わせていて、自分の気持ちに気付かない訳がなかった。
しかし、家族のように接してきた自分がそのような感情を持ったとティーダが知ったら。
ティーダが精神的に追い込まれるのは容易に想像がついた。
そして、傷つく自分も。
アーロンは理性で感情を抑える術を知っていた。
だから自分でもそんな感情を忘れたかのように接してきた。
それが…。まさか…。
「安心して、もう言わない。明日からの俺はガキじゃないっス!お子様扱いはもうさせないっスよ!」
顔をあげ、一生懸命明るく言うティーダの姿に、アーロンの感情は一気に溢れ出た。
「言え…」
「…え?」
「…明日からも言え…ガキじゃなくなっても」
そう言いながら、アーロンはティーダをギュッと抱きしめた。
「俺も…お前が好きだ…」
ティーダの早い鼓動が伝わってくる。
いや、自分のものかもしれない。
「やばい…めちゃくちゃ嬉しい…」
ティーダは力が抜けたかのように体をアーロンに預ける。
観覧車はもうすぐ頂上に辿り着く。
「…アーロン、もう一つワガママ言ってもいいっスか…?」
抱きしめられたままティーダが口を開いた。
「何だ」
「…キスしたい」
思いもよらなかったおねだりに驚きつつも、アーロンは意地悪く笑う。
「ガキの頼むことじゃないだろうが?」
ティーダは顔を真っ赤にしてふくれながらアーロンの背中を叩く。
「アーロンの意地悪っ!もういいっス!」
「ティーダ…もう喋るな…」
アーロンがティーダに唇を重ねた時、二人を乗せた観覧車はちょうど頂上に達した。
その一瞬だけ世界を二人だけの物にするかのように。
観覧車を降りてアーロンが耳元で囁く。
「続きは明日お前がガキじゃなくなってからだな」
「もーっうるさいっス!!」
ティーダは耳まで真っ赤にしてアーロンに背中を向けながらも、嬉しそうに笑った。